ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 サムエル記下19章

聖書日課 サムエル記下19章(新共同訳 旧約pp.511-514)

 アブサロムによるクーデターが鎮圧され、ダビデ王が勝利したことが知れ渡ると、イスラエルの人々は取って返すようにダビデ王に恭順の意を表した。勿論、ダビデ王の出身部族である「ユダの人々」も、「王を迎え」ヨルダン川までやって来た。

「王は帰途につき、ヨルダン川まで来た。ユダの人々は王を迎え、ヨルダン川を渡るのを助けようとして、ギルガルまで来ていた」(16節)。

 そのような中、ベニヤミン人シムイも、「ユダの人々と共にダビデ王を迎えようと急いで下って来た」

「バフリム出身のあのベニヤミン人、ゲラの子シムイもユダの人々と共にダビデ王を迎えようと急いで下って来た」(17節)。

 シムイは、ダビデ王がアブサロムたちの反乱から逃れて都を離れた時に、王に向かって「出て行け、出て行け、流血の罪を犯した男、ならず者」と罵った人物である(16章7節)。それ故、彼はダビデに仕返しされることを恐れて、「千人」もの仲間を「率いて」ダビデに赦しを請いにやって来た(18節)。

 ダビデの家臣たちは、当然シムイを死刑にすべきだと主張した(22節)。しかし、ダビデは彼らを窘めて言った。

「今日、イスラエル人が死刑にされてよいものだろうか。今日わたしがイスラエルの王であることを、わたし自身が知らないと思うのか」(23節)。

 ダビデは、再び王座が確立され平和が回復された今、罪を認め恭順の意を示した者に敢えて仕返しをするような愚かな真似をする人物ではなかった。ここにも、ダビデの賢さと懐の深さが表れている。

 ところで、このような権力者をめぐる様々な動きの中で、一際目立って爽やかなのがバルジライという人物である。彼は、「八十歳」という「高齢」であったが、「大層裕福で」、逃亡中のダビデ「生活を支え」続けた(33節)。

 ダビデ王はバルジライに言った。

「わたしと共に来てくれないか。エルサレムのわたしのもとであなたの面倒を見よう」(34節)。

 しかし、バルジライは、高齢を理由に王の申し出を断り、代わりに自分の「僕キムハム」ダビデ「王のお供」として遣わした(35~38節)。

 ダビデも快くバルジライの申し出を受け入れ、「バルジライに口づけして彼を祝福した」(39~40節)。苦難の中でこそ、真の友の存在とそのありがたみが、はっきり見えてくるものなのかも知れない。そして、これもまた主なる神の大切な恵みの一つである。

「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる」(詩編46編2節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
メールアドレス

https://nschrist1972.hatenablog.com/
〈地図〉

www.google.com