ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ヨハネによる福音書6章

聖書日課 ヨハネによる福音書6章(新共同訳 新約pp.174-177)

 6章には、イエス・キリストが五つのパンと二匹の魚によって五千人もの人々を満腹させたという奇跡が記されている(1~15節)。そして、この出来事を見聞きした人々は、驚きと共に大きな期待をイエス・キリストに寄せるようになった。イエス・キリストの周りには、ますます大勢の人々が群がるようになっていった。

 しかし、イエス・キリストは、この事態を決して喜んではおられなかった。寧ろ憂えておられた。というのも、人々がイエス・キリストに期待していたのは、この地上にユダヤ人の王国を築いてくれる救い主であり、自分達の腹を満たしてくれるメシアであることを、イエス・キリストは見抜いておられたからである。そのため、イエス・キリストは人々に次のように言われた。

「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである」(26~27節)。

 ここで言われている、「永遠の命に至る食べ物のために働」くとは、「神がお遣わしになった者を信じること」(29節)であり、「人の子があなたがたに与える食べ物」とは、命のパンであるイエス・キリスト御自身を意味している。それでイエス・キリストはこう言われた。

「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである」(51節)。

 ところが、このイエス・キリストの言葉を聞いた人々は、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」(52節)と、互いに激しく議論し始めた。そして、やがては弟子達でさえも、「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」(60節)と言って、多くが離れ去り、最早イエス・キリストと共に歩まなくなった(66節)。

 結局のところ、ユダヤ人も、また弟子達の多くも、自分達が思い描いていたメシア像をイエス・キリストに投影し、自分達の願いが実現することを期待していたに過ぎなかった。それ故、彼らは真のメシアであるイエス・キリストに躓いた。

 しかし、これは当時の弟子達だけの問題ではない。私達も、自分の願いを叶えてもらうことばかり求めているなら、イエス・キリストの教えが分からなくなり、イエス・キリストと共に歩まなくなる危険がある。主に信頼し、御心を求め、御心に従うこと、それが真のイエス・キリストの弟子であることを忘れてはならない。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
https://nschrist1972.hatenablog.com/
〈地図〉

www.google.com