ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 ミカ書3章

聖書日課 ミカ書3章(新共同訳 旧約pp.1451-1452)

 3章では、イスラエルの指導者の罪が暴かれ、彼らへの審判が宣告されている。

 正義を行うことが務めである筈の指導者が、「善を憎み、悪を愛する者」となり、「人々の皮をはぎ、骨から肉をそぎ取る者」となっている(2節)。「頭たちは賄賂を取って裁判をし/祭司たちは代価を取って教え/預言者たちは金を取って託宣を告げる」(11節)。全くの自己中心、全くの利益優先の社会…それは、人々が主なる神を第一にすることを忘れた結果だった。

 しかし、もっと驚くべきことが記されている。

「しかも主を頼りにして言う。『主が我らの中におられるではないか/災いが我々に及ぶことはない』と」(11節)。

 彼らは〈無宗教〉になったわけではない。彼らは〈神〉を信じていた。しかし、その信仰は真実の信仰とは懸け離れていた。彼らは神の民として選ばれたことに特権意識を持ち、自分達は特別であると考えていた。それ故、熱心に儀式を行い、多くの献げ物をささげたが、自分自身をささげることは決してなかった。つまり、主の御前にひれ伏し、悔い改め、主なる神を信頼して聞き従うことはなかった。

 結局のところ、彼らの信仰は、自分達の願いを叶えてもらうための手段でしかなく、また彼らにとって主なる神は、事故や病や災いから彼らを守ってくれる都合の良い用心棒のような存在でしかなかった。それ故、ミカは言った。

「今や、彼らが主に助けを叫び求めても/主は答えられない。そのとき、主は御顔を隠される/彼らの行いが悪いからである」(4節)。

 今、あなたにとって、主なる神はどのような方だろうか。あなたは、主なる神を中心に人生を歩んでいるだろうか。それとも、自分を中心に歩んでいるだろうか。主なる神は私達を愛しておられる。それ故、私達と深い信頼の絆で結ばれること、私達との間に永遠の交わりが築かれることを願っておられる。そして、そのために私達が主なる神を第一にして生きることを求めておられる。