ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ミカ書2章

聖書日課 ミカ書2章(新共同訳 旧約pp.1450-1451)

 1~5節では、権力と富を握っている人々の罪が指摘され、彼らへの裁きが宣告されている。

 神の民イスラエルは、その存在を通して、主なる神の慈しみと栄光を現すために選ばれた。ところが、彼らは、権力と金の力によって人々の畑を奪い、家々を取り上げていった(2節)。しかも、夜中に寝床で悪を企み、夜明けと共にそれを行うと言われているように(1節)、彼らは念入りに悪事を謀った。

 それ故、主なる神はこう言われた。「見よ、わたしもこの輩に災いをたくらむ。お前たちは自分の首をそこから放しえず/もはや頭を高く上げて歩くことはできない。これはまさに災いのときである」(3節)。

 主なる神が罪をそのまま放っておかれることは決してない。それはたとえ神の民であっても同じである。いや、選ばれた民であるからこそ、なお一層厳しく罪を問われる。

 しかし、2章は、主なる神の厳しい裁きだけで終わってはいない。

ヤコブよ、わたしはお前たちすべてを集め/イスラエルの残りの者を呼び寄せる。わたしは彼らを羊のように囲いの中に/群れのように、牧場に導いてひとつにする。彼らは人々と共にざわめく。打ち破る者が、彼らに先立って上ると/他の者も打ち破って、門を通り、外に出る。彼らの王が彼らに先立って進み/主がその先頭に立たれる」(12~13節)。

「残りの者」――それは、周りがどんなに罪と悪に染まろうと、決して主なる神から離れず、信仰の道をまっすぐに歩み続けた人々であり、また、裁きを通して自分の犯した罪を悟り、悔い改めて主なる神に立ち帰った人々のことである。主なる神は、このような残りの者をイスラエルに起こし、彼らを呼び寄せて復興させて下さる。しかも、主ご自身がその先頭に立たれると記されている。

 確かに主なる神は罪に対して厳しい裁きを下される。しかし、イスラエルに対する愛と約束への誠実の故に、やがて必ず神の民を復興させて下さる。この主なる神を、その約束を、どこまでも固く信じて歩み続けたいと思う。