ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 ローマの信徒への手紙2章1~8節

聖書日課 ローマの信徒への手紙2章1~8節(新共同訳 新約pp.274-275)

(1) 人を裁く者よ(1~5節)

 主なる神の裁きは公正である。パウロは、道徳的な優越感をもって「人を裁く」ユダヤ人を、悔い改めない罪人と定め、彼らに対する主なる神の裁きを宣告した。当時、ユダヤ人は、神の選民であるという特権を誇り、異邦人の偶像礼拝や道徳的な堕落を罪に定めた。しかし、ユダヤ人は他人を「裁きながら、自分でも同じことをしてい」たので、裁きを受けることになる。主なる神は、罪を悟って悔い改める機会を私達に与えようと「忍耐」し、豊かな「慈愛」を施して下さる。しかし、私達が心を「かたくな」にして自分の罪を悔い改めないなら、正しい神の裁きを免れることは出来ない。日々「かたくな」な心を砕き、自分の罪を認めて悔い改め、慈しみ深い主なる神に喜ばれる者となろう。

(2) 行いに従って報いを与えられる(6~8節)

 主なる神の裁きの原理は、その人の「行いに従ってお報いにな」るということである。主なる神が御覧になる善悪の基準は、その人が主なる神の言葉に従い、主なる神の統治を受けて生きているかどうかである。「栄光と誉れと不滅のもの」に望みを置き、「忍耐強く善を行」う者に、主なる神は「永遠の命」「与え」ると約束しておられる。その反面、自分の正しさを認められたいがために「反抗心にかられ」たり、「不義に従」い、主なる神の統治を拒むような者には、免れることの出来ない主なる神の「怒りと憤り」が示される。聖徒は、全ての瞬間に、心と歩みを調べておられる主なる神を意識し、主なる神の統治に従うよう努力しなければならない。善を行って落胆するようなことがあっても、「栄光と誉れ」によって報いて下さる主なる神を見上げ、「忍耐」をもってその道を歩み続けよう。

祈り
 人を裁き、優越感を味わっていた私は、ユダヤ人のように高慢であったことを告白します。愛の新しい契約を心の板に刻む真の変化を心から求めます。私に主の豊かな恵みを注いで下さい。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119

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