ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 アモス書5章

聖書日課 アモス書5章(新共同訳 旧約pp.1434-1436)

 アモス書の預言は、イスラエルの罪に対する主なる神の厳しい裁きの宣告に満ちている。その一方で、主なる神はイスラエルに「わたしを求めよ、そして生きよ」(4節)と呼びかけている。

 主なる神を求めるとはどういうことだろうか。私達が生きるとはどういうことだろうか。それは単に命を長らえることではない。私達を造られた主なる神との交わりの中にいること、主なる神を信頼し、愛し、その御声に聞き従って歩むこと、それが真に生きるということである。

 それ故、どんなに物が豊かでも、どんなに体が健康でも、主なる神との交わりを失っているならば、私達は真の命を生きていることにならない。そこには、真の平安も喜びも希望もなく、最後は必ず不安と混乱と絶望で終わる。

 アモスが生きた時代のイスラエルは、まさにそういう状況であった。経済的にも政治的にも繁栄していた彼らは、傲慢になって主なる神を軽んじ、偶像を拝み、正義を捻じ曲げ、弱者を虐げて、自分達の思うままに歩んでいた。

 それ故、主なる神はイスラエルに向かって呼びかけられた。

「主を求めよ、そして生きよ。さもないと主は火のように/ヨセフの家に襲いかかり/火が燃え盛っても/ベテルのためにその火を消す者はない」(6節)

 裁きの日が刻一刻と近づいていた。だからこそ、主なる神はますます強く、イスラエルに呼びかけられた。

「善を求めよ、悪を求めるな/お前たちが生きることができるために。そうすれば、お前たちが言うように/万軍の神なる主は/お前たちと共にいてくださるだろう。悪を憎み、善を愛せよ/また、町の門で正義を貫け。あるいは、万軍の神なる主が/ヨセフの残りの者を/憐れんでくださることもあろう」(14~15節)