遂に、幕屋での最初の祭儀が大祭司アロンによって開始された。イスラエルの民は、これまで、主によって選ばれた技術者を中心に、民全員が熱心にささげ、仕えながら、幕屋の完成を待ち望んでいたに違いない。
「アロンは手を上げて民を祝福した。彼が贖罪の献げ物、焼き尽くす献げ物、和解の献げ物をささげ終えて、壇を下りると、モーセとアロンは臨在の幕屋に入った。彼らが出て来て民を祝福すると、主の栄光が民全員に現れた。そのとき主の御前から炎が出て、祭壇の上の焼き尽くす献げ物と脂肪とをなめ尽くした。これを見た民全員は喜びの声をあげ、ひれ伏した」(22~24節)。
モーセの指示によって(7節)、アロンは、まず自分自身の「贖罪の献げ物」、「焼き尽くす献げ物」をささげた(8~12節)。人間の大祭司は、「自分の罪」の贖いのためにも献げ物をささげる必要があった。この点が、真の大祭司である主イエス・キリストとの決定的な違いである(ヘブライ人への手紙7章27節)。
続いてアロンは、民のための「献げ物をささげた」(15節)。そして、この日から、贖罪の献げ物をはじめ、焼き尽くす献げ物、穀物の献げ物、和解の献げ物……と様々な献げ物が、昼も夜もささげ続けられることになった。
主なる神の御住まいである幕屋は、いつも賑やかで、人々の訪問がひっきりなしに続いていたに違いない。そして、そこにはいつも、民を照らす祭壇の火が点されていた。
現代の神殿であるキリスト者、その群れである教会に対しても、「ひたすら心を一つにして」、「喜びと真心をもって」「神を賛美」すること、「救われる人々」が「日々仲間に加え」られていくことを願っておられる(使徒言行録2章46~47節)。聖霊による活気に満ちたキリスト者と教会、主なる神はそのような人々の群れを求めておられる。
その秘訣は、今日の御言葉に明確に示されている。主なる神の「祝福」を受け、「主の栄光」に溢れること、それがキリスト者と教会の活気と元気の源である。
私達の礼拝が、主なる神の祝福とご栄光に満ち溢れた時であるように!
西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00
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