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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 ナホム書1章

聖書日課 ナホム書1章(新共同訳 旧約pp.1459-1460)

 ナホム書は、アッシリアの都ニネベの陥落(紀元前612年)を、主なる神の審判として宣告する書であり、同時に、敵の破壊を宣告することでユダを慰めるための書である。

 アッシリアは、ユダの人々、いや当時の世界中の人々にとって、恐るべき超大国であった。その国が滅びるなど、一体誰が想像出来ただろうか。しかし、ナホムははっきりと、厳格に、アッシリアとその都ニネベの滅びを宣告した。しかも、その永遠の滅亡を。

 主なる神は、かつてニネベに預言者ヨナを遣わし、彼らを悔い改めへと導き、彼らを罪と滅びから救い出した。その時、王をはじめ、ニネベの人々は、ヨナの言葉に耳を傾け、灰をかぶって罪を悔い改めた。それ故、主なる神は彼らへの裁きを思い止められた。

「主は恵み深く、苦しみの日には砦となり/主に身を寄せる者を御心に留められる」(7節)

 これは、神の民イスラエルだけでなく、全ての国、全ての人々に向けて語られている言葉である。

 しかし、その後、アッシリアは勢力を拡大する中で、再び主なる神を忘れ、罪に陥り、悪に走り、傲慢になって暴虐の限りを尽くし続けた。そのため、遂に主なる神は、ナホムによってニネベに対する激しい報復と怒りを宣告した(2節)。

 このように、主は怒るのに遅く、憐れみに富み、悔い改める者の罪をお赦しになる御方であるが、同時に、どこまでも罪に耽り続ける者には、報復と怒りを現す御方でもある。罪に対して、「主は決して罰せずにはおられない」(3節)方なのである。

 それはイエス・キリストの十字架を理解する上でも大切である。十字架によって、主の愛だけでなく、主の義も全うされた。その両面を知ることが大切である。主なる神は今もこの世界を支配しておられる。主なる神の愛と厳しさは、昔と少しも変わることはない。このニネベから、私達は大切な教訓を学ぶことが出来る。