ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ミカ書7章

聖書日課 ミカ書7章(新共同訳 旧約pp.1457-1458)

 預言者ミカは、罪と悪に陥ったイスラエルの姿を見て、深い悲しみを覚えていた(1節)。人々は悪事に走り、家族でさえも最早互いに信じ合うことが出来なくなっていた(2~6節)。

 しかし、ミカは悲しみの中に沈み込んでいたわけではなかった。

「しかし、わたしは主を仰ぎ/わが救いの神を待つ。わが神は、わたしの願いを聞かれる。わたしの敵よ、わたしのことで喜ぶな。たとえ倒れても、わたしは起き上がる。たとえ闇の中に座っていても/主こそわが光」(7~8節)

 人生において、倒れないのは素晴らしいことである。しかし、それよりもっと素晴らしいのは、たとえ倒れても、再び起き上がることではないか。悲しみと苦しみのどん底で、主を仰ぎ、待ち望む。その時、主は確かな希望の光となって私達を再び立ち上がらせて下さる。

 同様に、罪を犯さずに生きることは実に素晴らしいことである。しかし、たとえ罪に陥ってしまったとしても、悔い改めて主を仰ぐことによって、主の赦しと救いをいただくこともまた素晴らしい恵みの体験である。ミカはそのことをよく知っていた。

「わたしは主に罪を犯したので/主の怒りを負わねばならない/ついに、主がわたしの訴えを取り上げ/わたしの求めを実現されるまで。主はわたしを光に導かれ/わたしは主の恵みの御業を見る」(9節)

 そして、ミカは主をたたえた。

「あなたのような神がほかにあろうか/咎を除き、罪を赦される神が。神は御自分の嗣業の民の残りの者に/いつまでも怒りを保たれることはない/神は慈しみを喜ばれるゆえに。主は再び我らを憐れみ/我らの咎を抑え/すべての罪を海の深みに投げ込まれる」(18~19節)

 人間の罪深さを知れば知るほど、主なる神の恵み深さもより一層深く理解出来る。