聖書日課 列王記上13章(新共同訳 旧約pp.553-555)
北イスラエル王国の王ヤロブアムは、人心の掌握のために「金の子牛」の偶像を造り(12章28節)、自分で定めた祭儀に従って「自ら祭壇に上って香をたいた」(同31~33節)。それは主なる神の約束を無視する滅びの道だった。
分裂したとは言え、北王国も南王国も、主なる神の選びの民の国であることに違いはない。それ故、主なる神は、罪の道を歩み始めたヤロブアム王に警告の言葉をかけられた。
「主の言葉に従って神の人がユダからベテルに来たときも、ヤロブアムは祭壇の傍らに立って、香をたいていた。その人は主の言葉に従って祭壇に向かって呼びかけた。『祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、ダビデの家に男の子が生まれる。その名はヨシヤという。彼は、お前の上で香をたく聖なる高台の祭司たちを、お前の上でいけにえとしてささげ、人の骨をお前の上で焼く。』』その日、この人は更に一つのしるしを与えて言った。『これが主のお告げになったしるしである。『見よ、祭壇は裂け、その上の脂肪の灰は散る』』」(1~3節)。
これは、主なる神によって遣わされた無名の「神の人」が、ヤロブアムに伝えた警告の言葉である。主なる神は、罪と滅びの道に陥った者を、決してそのまま放っておく方ではない。
ところが、ヤロブアムは「神の人の言葉を聞くと、祭壇から手を伸ばして」、「その男を捕らえよ」と家来に命じた。すると、その瞬間、「彼の手は萎えて」しまった(4節)。ヤロブアムは慌てて神の人に「わたしのために祈ってください」と懇願した。そして、その人が祈ると、「王の手は元に戻っ」た(6節)。
このように、主なる神はヤロブアムにその御力を現され、彼への警告の言葉が確かに主なる神の言葉であることを示された。
にもかかわらず、「ヤロブアムは悪の道を離れて立ち帰ること」はなかった。彼は、引き続き自分勝手なやり方で祭司を任命し、「志望する者はだれでも聖別して、聖なる高台の祭司にした」(33節)。
「ここにヤロブアムの家の罪があり、その家は地の面から滅ぼし去られることとなった」と聖書は記している(34節)。勿論、主なる神は、その後も警告の言葉をかけ続けられた。しかし、ヤロブアムから始まった偶像礼拝は、北王国が滅ぼされるまで遂に止むことはなかった。
主なる神の道から離れ、罪の闇の中を歩む人々に向かって、主なる神は今も警告の言葉をかけて下さっている。主なる神の警告の声は、今も私達の世界に響いている。その声を聞き分ける耳と、その声に聞き従う心を決して失ってはならない。
西原新生バプテスト教会
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