ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 アモス書7章

聖書日課 アモス書7章(新共同訳 旧約pp.1437-1439)

 アモス書の最後の3つの章(7~9章)には、アモスが見た5つの幻が記されている。そのうち、7章には最初の3つの幻が書かれているが、第一の幻と第二の幻においては、預言者の執り成しによって、主なる神は審判を思い止まられた。しかし、第三の幻では、主なる神は「もはや、見過ごしにすることはできない。……わたしは剣をもって/ヤロブアムに立ち向かう」(8~9節)とはっきり言われた。すると、このアモスの預言を聞いた祭司アマツヤが、イスラエルの王ヤロブアムに次のように訴えた。

イスラエルの家の真ん中で、アモスがあなたに背きました。この国は彼のすべての言葉に耐えられません。アモスはこう言っています。『ヤロブアムは剣で殺される。イスラエルは、必ず捕らえられて/その土地から連れ去られる』」(10~11節)

 当時北イスラエル王国では、南ユダ王国に対抗して自国の利益のために造られた宗教が盛んだった。祭司アマツヤは、自国を脅かすようなアモスの預言に腹を立てたのである。そして、今度はアモス自身に向かってこう言った。

「アマツヤアモスに言った。『先見者よ、行け。ユダの国へ逃れ、そこで糧を得よ。そこで預言するがよい。だが、ベテルでは二度と預言するな。ここは王の聖所、王国の神殿だから」(12~13節)

 昔から、主なる神の言葉を語る預言者は、迫害を受け、追いやられることが多くあった。テコアの牧者であったアモスも例外ではなかった。しかし、この時アモスは、アマツヤの圧力に少しも狼狽えることなく、「今、主の言葉を聞け」と、主から預かった言葉を堂々と語った(15~17節)。ここに預言者の信仰と勇気がある。

 主の言葉を語り続けるためには、常に信仰と勇気が必要である。しかし、それはアモスには恐れも不安も全くなかったということではない。寧ろ、恐れや不安の中で、絶えず主の御前に謙り、主の御言葉を求め続けたからこそ、主は御言葉によって彼を支え、力づけ、用いられた。大切なことは、謙ること、そして御言葉を求め続けることである。