主日礼拝宣教(要旨) 2026年7月12日
「主よ、お話しください。僕は聞いております」
サムエル記上3章1~18節(新共同訳 新約pp.432-433)
サムエル記3章は、「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」と記される霊的に暗い時代に、主なる神が少年サムエルを召し、新しい働きを始められた出来事である。人が不忠実であっても、主なる神は御計画を止めることなく、御言葉を託す人を備えられる。私達も主の御声に耳を傾ける者でありたい。
1. 主なる神は一人一人の名を呼ばれる(1~10節)
主なる神は「サムエルよ」と名を呼ばれた。それは主なる神が私達一人一人を深く知り、愛しておられることを示している。サムエルは最初、その声が主なる神のものだと分からなかったが、エリの導きによって「主よ、お話しください。僕は聞いております」と応えた。信仰生活は、自分の思いを語るだけでなく、主の御言葉を聞くことから始まる。
2. 主なる神の言葉には慰めだけでなく真実もある(11~14節)
主なる神がサムエルに託された最初の言葉は、エリの家への裁きだった。主なる神は愛の御方であると同時に聖なる御方であり、罪を見過ごされない。しかし、その御言葉は私達を滅ぼすためではなく、悔い改めと救いへ導くためのものである。その愛は、主イエス・キリストの十字架に最もはっきりと示されている。
3. 主なる神の言葉に忠実に従う者を主なる神は用いられる(15~18節)
サムエルは恐れながらも、主なる神から託された言葉を一つも隠さず伝えた。主なる神に用いられるのは、特別な能力のある人ではなく、御言葉に忠実に従う人である。
4. 私達への適用
この一週間、毎朝聖書を開く前に「主よ、お話しください。僕は聞いております」と祈ってみよう。そして、自分の考えや世の価値観ではなく、主なる神の御言葉を生活の基準とし、示されたことを家庭や職場、教会で具体的に実践していこう。主なる神は、御言葉に耳を傾け、それに従う者を通して、豊かな祝福を現して下さる。
おわりに
主なる神は今も私達一人一人を名によって呼び、御言葉をもって導いて下さる。礼拝で聞いた御言葉を日々の歩みの中で実践する時、主なる神は私達自身を造り変え、家庭や教会を祝福の器として用いて下さる。今週も「主よ、お話しください。僕は聞いております」という祈りを胸に、主に従う歩みを続けていこう。