ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 箴言21章

聖書日課 箴言21章(新共同訳 旧約pp.1017-1019)

 人生は不思議である。私達は、自分の思うままに生きているように思っていても、生まれや育ちや性格のような先天的な条件に影響され、また人との出会いや事件などの後天的な出来事によっても大きな影響や制限を受けながら生きている。そして、それは、一国の「王」のような存在であっても同じである。人間の人生は主なる神の支配の下にあり、主なる神の赦しの中に置かれていることを忘れてはならない。

「主の御手にあって王の心は水路のよう。主は御旨のままにその方向を定められる。人間の道は自分の目に正しく見える。主は心の中を測られる」(1~2節)。

 自分の人生が主なる神の支配と赦しの下にあることを忘れる時、つまり主なる神の御前に自分の人生を生きようとしていない時、私達はいつの間にか自己欺瞞と自己満足に陥ってしまう。自らを戒めつつ、右にも左にも反れずまっすぐに生きるのは非常に難しいことである。私達は「心の中を測られる」主なる神のことを忘れてはならない。そうでなければ、私達はすぐに「高慢」になってしまう。

「高慢なまなざし、傲慢な心は/神に逆らう者の灯、罪」(4節)。

 このような「罪」に陥ることがないよう、私達は以下のことを心に留めておこう。

「どのような知恵も、どのような英知も、勧めも/主の御前には無に等しい。戦いの日のために馬が備えられるが/救いは主による」(30~31節)。

 ルカによる福音書に、夜通し働いても一匹の魚も獲れなかったペトロが、「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」イエス・キリストの言葉に従った時、網が破れそうなほどの大漁に恵まれたという出来事が記されている(ルカによる福音書5章6節)。私達の人生においても、目に見える人間の知恵や判断に依り頼むのではなく、主なる神の知恵と御心を求めていくことが大切なのではないか。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119

メールアドレス

https://nschrist1972.hatenablog.com/
〈地図〉

www.google.com