ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 オバデヤ書

聖書日課 オバデヤ書(新共同訳 旧約pp.1443-1444)

 オバデヤ書は旧約聖書の中で最も短い書物で、オバデヤの見た幻を記している。内容は、イスラエルの隣国エドムの罪に対する裁きの宣告(1~18節)、およびイスラエルの回復の預言である(19~21節)。

 エドム人イスラエル人は、双子の兄弟エサウヤコブの子孫で、隣国であり親族でもあった。しかし、イスラエルの困難の時、彼らは何の顧みも示さず、却ってこれを喜んだ(12節)。本来ならば援助して然るべき味方である筈なのに、逆にイスラエルの敵となった(10~11節、13~14節)。

 それ故、オバデヤは彼らの傲慢の罪を指摘し、イスラエルの苦難の日における暴虐ぶりを摘発した。そして、エドムはとこしえに滅ぼされると宣言した(10節)。一方、イスラエルに対しては、未来における回復と領土の拡大を預言した。そして、回復したイスラエルは、やがてエドムを支配するようになると宣言した(19節)。

 ここで注目すべきことは、エドムに臨む裁きとイスラエルに臨む裁きの違いである。主に反逆する者と主に従う者では、主の日の裁きの意味が違うのである。即ち、主に逆らう者への裁きは、永遠に主なる神から引き離され、二度と回復することのない徹底的な滅びをもたらす。それに対し、主に従う者への裁きは、愛する者を一時的に懲らしめることによってご自分に立ち返らせ、二度と失われることのない永遠の祝福をもたらす。

「だから、神の慈しみと厳しさを考えなさい。倒れた者たちに対しては厳しさがあり、神の慈しみにとどまるかぎり、あなたに対しては慈しみがあるのです。もしとどまらないなら、あなたも切り取られるでしょう」(ローマの信徒への手紙11章22節)

 悪者への厳しい審判とご自身の民への慰めに満ちた回復は、同じ主から来る。主なる神は、義であられるので罪と悪を永遠に見過ごされることはない。また、愛であられるので、選びの民を永遠に捨て置かれることはない。主なる神は、主に信頼する者を決して見捨てることはない。それ故、私達も、主なる神の愛と恵みから決して迷い出ることのないように、主を恐れ敬い、御教えに聞き従って歩み続けたいものである。