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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 レビ記2章

聖書日課 レビ記2章(新共同訳 旧約p.164)

 2章には穀物の献げ物」に関する規定が記されている。

穀物の献げ物を主にささげるときは、上等の小麦粉を献げ物としなさい。奉納者がそれにオリーブ油を注ぎ、更に乳香を載せ、アロンの子らである祭司たちのもとに持って行くと、祭司の一人がその中からオリーブ油のかかった上等の小麦粉一つかみと乳香全部を取り、しるしとして祭壇で燃やして煙にする。これが燃やして主にささげる宥めの香りである。穀物の献げ物の残りはアロンとその子らのものである。これは、燃やして主にささげられたものの一部であるから、神聖なものである」(1~3節)。

 穀物の献げ物は、通常、1章の「焼き尽くす献げ物」に続いてささげられたと言われている。「焼き尽くす献げ物」によって、主なる神との交わり(礼拝)が回復され、その喜びと感謝の表れとして、穀物の献げ物」がささげられたと考えることが出来る。

 その意味では、私達の礼拝における献金と同じ意味を持っていると言えるかも知れない。穀物の献げ物」の一部は、「祭壇で燃や」されて、「主にささげる宥めの香り」とされ、残りは、祭司達の生活を支えるものとされたということも、献金の意味合いと共通している。

 献げ物は、人間が主なる神にささげるものである。しかし、忘れてならないのは、私達がささげる前に、主なる神が私達のためにささげて下さり、私達の必要を満たして下さったということである。このことを忘れると、或いはこのことが分からないと、献げ物は、無理強いや搾取になってしまいかねない。

 主なる神は、私達から奪い取る御方ではない。献げ物は、喜びと感謝の中から生まれるものであり、また、ささげることそのものが喜びとなるものである。

 主なる神がこんなに私を愛して下さった! 主なる神がこんな罪人を赦して下さった! 私は主なる神によってこんなにも満たされている!

 そういう自覚、そういう喜び、そういう感謝から生まれるもの、それが主なる神が願っておられる献げ物である。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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