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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 出エジプト記4章

聖書日課 出エジプト記4章(新共同訳 旧約pp.98-100)

 モーセは恐れていた。80歳になった今、彼はファラオと対決する気力も、イスラエル民族を導く意欲もとっくに無くしていた(1節、10節)。

 モーセは謙遜な人であった。「この地上のだれにもまさって謙遜であった」(民数記12章3節)。しかし、謙遜は自信の無さとは違う。謙遜とは、自分の立場に固執することなく、主なる神の御心に従う意志である。それは、主イエス・キリストの御性質でもあるとパウロは述べている。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピの信徒への手紙2章6~8節)。

 それ故、この時のモーセの躊躇は、決して謙遜ではなく、恐れであり、自信の無さであり、主なる神の御心に「逆ら」う不従順であった(1節)。だから、主はモーセの不従順に対して怒られた。

モーセは、なおも言った。『ああ主よ。どうぞ、だれかほかの人を見つけてお遣わしください』。主はついに、モーセに向かって怒りを発して言われた。『あなたにはレビ人アロンという兄弟がいるではないか。わたしは彼が雄弁なことを知っている。その彼が今、あなたに会おうとして、こちらに向かっている。あなたに会ったら、心から喜ぶであろう。彼によく話し、語るべき言葉を彼の口に託すがよい。わたしはあなたの口と共にあり、また彼の口と共にあって、あなたたちのなすべきことを教えよう。彼はあなたに代わって民に語る。彼はあなたの口となり、あなたは彼に対して神の代わりとなる。あなたはこの杖を手に取って、しるしを行うがよい』」(13~17節)。

 主なる神は、謙遜な心を喜ばれ、謙遜な者と共にいて下さる。自信の有無は関係ない。どこまでも主なる神に信頼し、御心に従う意志と従順を持っているかどうか、それが問われている。

 しかし、この時主なる神は、どこまでもモーセの求めに応じて下さった。「雄弁」な兄アロンを、モーセ「代わって民に」主なる神の言葉を「語る」者として立てて下さった。主なる神は、私達が御心に従って生きることが出来るよう、私達一人一人の必要に応じて、助け励まし力づけて下さる。その主なる神が今日もあなたと共にいて下さる。安心して主の御心を生きるために。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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