聖書日課 創世記45章(新共同訳 旧約pp.81-83)
(1) ヨセフの特別さ(1〜5節)
ヨセフも人間なので、長い間苦しんできたことを忘れることは出来なかった。しかし、彼には他の人とは違う特別さがあった。それは主なる神の観点から苦しみを見ることが出来たことである。
ヨセフは、ユダの言葉を通して、兄たちが以前とは違う人間になったことを確信し、漸く「自分の身を明かした」(1節)。
込み上げる思いを抑えることが出来ず、「声をあげて泣いた」ヨセフの姿に(2節)、兄たちは「驚きのあまり」何も言うことが出来なかった(3節)。彼らは恐れていたのかも知れない。自分達の罪をはっきりと覚えていたからである。
しかし、ヨセフは、過去の出来事を怒りや復讐心ではなく、主なる神の導きという大きな摂理として受け止めた。主なる神が偉大な救いのご計画のために、自分を先にエジプトに遣わされたのだと確信したのである。
「ヨセフは兄弟たちに言った。『どうか、もっと近寄ってください』。兄弟たちがそばへ近づくと、ヨセフはまた言った。『わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです」(4~5節)。
神の民は、主なる神の御心と視点で生きていく者である。
(2) 救いのために計画された人生(6〜15節)
神の民には、どんな患難や試練の中にあっても望みがある。「世界中に飢饉が襲ってい」る中で(6節)、主なる神はヤコブの家族のためのご計画を既に準備しておられた。
ヨセフは、全ては主なる神が行われたことであると告白している。エジプトの地に奴隷として売られてきたことから、「ファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者」になったことまで、全てはヤコブの家族を「生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるため」であると述べている。
「この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、まだこれから五年間は、耕すこともなく、収穫もないでしょう。神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです」(6~8節)。
今、ヨセフは、飢饉によって苦しむ父ヤコブと、ヤコブの全ての子孫を救おうとする。兄たちをいったん帰し(9節)、父をカナンに近い「ゴシェンの地域」に「連れて来」させた(10節、13節)。主なる神が既に救いのご計画を立てておられたように、ヨセフも家族のために既に「ゴシェンの地域」に注目していた。
主なる神の救いは確かな摂理である。
祈り
愛する天のお父様、私達の人生に起こることを、ヨセフのようにあなたの視線で見ることの出来る霊的な目を与えて下さい。私達に対するあなたのご計画によるものであると確信し、それによって得る希望の実を期待し、感謝することが出来ますように。私達の心にあなたへの一筋の愛を与えて下さい。全てのことを、あなたを愛するが故に行うことが出来ますように。いつまでもいつまでも、あなたを愛し続けることが出来ますように。主イエス・キリストの聖なる御名によってお祈り致します。アーメン。
西原新生バプテスト教会
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