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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 エレミヤ書9章

聖書日課 エレミヤ書9章(新共同訳 旧約pp.1192-1194)

 私達はどこかで、「知恵を誇」り、「力を誇」り、「富を誇」って生きているということはないだろうか。勿論、「知恵」「力」「富」も、それ自体は決して悪いものではない。問題は、それを「誇る」心にある。

 その時、私達は、「知恵」「力」「富」を持っている自分自身を誇っており、それらのものを与えて下さった主なる神を誇りとしていない。それは、主なる神に対して自分を誇る傲慢であり、主なる神の御前に謙ろうとしない高ぶりの罪である。

「主はこう言われる。知恵ある者は、その知恵を誇るな。力ある者は、その力を誇るな。富ある者は、その富を誇るな。むしろ、誇る者は、この事を誇るがよい/目覚めてわたしを知ることを。わたしこそ主。この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事/その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる」(22~23節)。

 貧しい時には、豊かさを求めて懸命に努力して生きていた人が、富を得た途端に傲慢になって、不正と安逸と放縦の生活に陥ってしまう。病んでいた時には、癒しを求めて必死に主なる神に祈り、熱心に主なる神を礼拝していた人が、元気になると、いつの間にか主なる神への祈りも熱心も失ってしまう。このようなことは皆、祝福と癒しを与えて下さった主なる神を軽んじることであり、主なる神よりも「富」「知恵」「力」を持つ自分を誇る高ぶりである。

 本章には〈ユダの堕落〉という見出しが付けられているが、その堕落の根源は、ユダの人々が陥っていた主なる神に対する高ぶりにあった。

「それゆえ、万軍の主はこう言われる。見よ、わたしは娘なるわが民を/火をもって溶かし、試す。まことに、彼らに対して何をすべきか。彼らの舌は人を殺す矢/その口は欺いて語る。隣人に平和を約束していても/その心の中では、陥れようとたくらんでいる。これらのことをわたしは罰せずにいられようかと/主は言われる。このような民に対し、わたしは必ずその悪に報いる」(6~8節)。

 神の民ユダに、主なる神の裁きによる滅亡が刻一刻と近づいていた。

「むしろ、誇る者は、この事を誇るがよい/目覚めてわたしを知ることを。わたしこそ主。この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事/その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる」(23節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119

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