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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 イザヤ書28章

聖書日課 イザヤ書28章(新共同訳 旧約pp.1102-1104)

 28章はイスラエル王国滅亡の預言である。「エフライム」は北イスラエルの代表的な部族を、「酔いどれの誇る冠」は、北イスラエルの首都サマリアを指している。

「災いだ、エフライムの酔いどれの誇る冠は。その麗しい輝きは/肥沃な谷にある丘を飾っているが/しぼんでゆく花にすぎない。酒の酔いによろめく者よ/見よ、主は強く激しい力を持っておられる。主は、激しく降る雹、破壊をもたらす大風/激しく押し流す洪水のように/御手をもって地に投げ倒し/エフライムの酔いどれの誇る冠を/御足で踏みにじられる」(1~3節)。

 神の民として選ばれ、愛されてきた彼らは、「肥沃」なカナンの土地で豊かな生活をする中で、次第に傲慢になり、主なる神に依り頼んで従うよりも好き勝手な道を歩むようになっていった。

 豊かさは本来主なる神の祝福である。しかし、その豊かさの中で人は傲慢という罪に陥り易い。北イスラエルがまさにそうであった。そこでは、真っ先に主なる神に仕えるべき祭司や預言者でさえも、「ぶどう酒を飲んでよろめき/濃い酒のゆえに迷う」ほどになっていた(7節)。それ故、主の審判が下り、北イスラエルアッシリアによって滅ぼされてしまった。

 ところが、これを見たユダ王国の人々は、北イスラエルの滅亡を嘲り、自分達こそ正統な神の民だから滅びることはないとうそぶいた。これに対し、イザヤは言った。

「嘲る者らよ、主の言葉を聞け/エルサレムでこの民を治める者らよ。お前たちは言った。『我々は死と契約を結び、陰府と協定している。洪水がみなぎり溢れても、我々には及ばない。我々は欺きを避け所とし、偽りを隠れがとする。』それゆえ、主なる神はこう言われる。『わたしは一つの石をシオンに据える。これは試みを経た石/堅く据えられた礎の、貴い隅の石だ。信ずる者は慌てることはない』」(14~16節)。

 15節は、形式的な信仰と「偽り」の確信を抱くユダの民に向かってイザヤが言った皮肉である。そして16節でイザヤは、この世の権力や軍事力に依り頼むのではなく、「シオンに据え」られた「隅の石」である主なる神にこそ依り頼むべきであると言った。この「石」こそ、やがて来られる主イエス・キリストを指している。主なるイエス・キリストに全幅の信頼を置く者は、目に見えるこの世の権力や誘惑に振り回されることはない。まさに、「信ずる者は慌てることはない」!

祈り
 愛する天のお父様、あなたの尊い御名を心からほめたたえます。今日もあなたの温かな御手に包まれ、御前に引き出され、祈りを与えられることを感謝致します。

 主よ、目に見えるものも、私の体も、私の心も、全ては過ぎ去っていきます。その中で、あなただけが、私達の永遠の希望です。あなただけが変わらないからです。

 私達がどんなにふらつき、揺れ動いても、あなたは変わりません。そのあなたが私達を握って下さいます。あなたに握られ、あなたのものとされた私達は何と幸いなことでしょう。

 主よ、この希望を告白しながら毎日を過ごすことが出来るよう、あなたご自身が親しく語りかけ、導き、支えて下さい。

 痛みや悲しみ、苦しみの中にあるお一人お一人をあなたご自身が訪れて下さい。存在の基盤であるあなたをお一人お一人が知り、あなたに信頼を寄せて生きていくことが出来るよう、助けて下さい。

 感謝して、尊いイエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119

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