本章でイザヤは、ヒゼキヤ王にバビロンによるユダ王国滅亡の預言を告げている。
「そこでイザヤはヒゼキヤに言った。『万軍の主の言葉を聞きなさい。王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る、と主は言われる。あなたから生まれた息子の中には、バビロン王の宮殿に連れて行かれ、宦官にされる者もある』」(5~7節)。
どうして、このようなことが言われたのか。それは、ヒゼキヤ王の中にあった、油断と誇り、そして不信仰が原因していたようである。
ヒゼキヤ王の「病気」が「回復したことを聞い」て、「バビロンの王」が「手紙と贈り物を送って来た」(1節)。ヒゼキヤ王はこれに気を良くして、バビロンの「使者たちを歓迎し」、宮中の「宝物庫」や「武器庫」をはじめ、「国中」を「見せ」て回った(2節)。
当時、バビロンは反アッシリア同盟の盟主で、バビロンの王は、病気見舞いを口実に、ヒゼキヤの協力を求めるために使者を送って来たのではないかと思われる。
ヒゼキヤ王は、主なる神の憐れみによって重病を癒された。そこに、時の盟主から一目置かれたことに気を良くし、主に御心を伺うこともせずにこれを受け入れ、しかも「国中」を「見せ」て回るようなことさえした。ここには明らかに、気の緩みと驕り、そして軍事的な力に依り頼もうとする不信仰があった。
私達は、元気な時には健康の有り難みを忘れてしまうものである。この時、ヒゼキヤは、物事が順調であるが故に、却って主への感謝を忘れ、主に依り頼む信仰から離れてしまっていたのではないか。それは、イザヤが語ったユダ王国滅亡の預言を聞いた時、ヒゼキヤ王が語った言葉にも表れている。
「ヒゼキヤはイザヤに、『あなたの告げる主の言葉はありがたいものです』と答えた。彼は、自分の在世中は平和と安定が続くと思っていた」(8節)。
自分の国が外国に滅ぼされるというのに、一国の王として何とも不甲斐ない言葉である。
苦難の時も順境の時も、信仰は、絶えず主を求め、常に主に依り頼むことによってのみ保たれる。順調に物事が運んでいる時にこそ、慢心や怠慢に陥らず、主に感謝を献げ、主に依り頼むことを忘れないようにしたい。これは、39章までの預言の中でずっと言われ続けてきた大事な教訓である。
西原新生バプテスト教会
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