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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 イザヤ書44章

聖書日課 イザヤ書44章(新共同訳 旧約pp.1132-1135)

 前章に続いて、バビロン捕囚からの解放の預言が記されている。この中で、主なる神は神の民を何度も「わたしの僕」と呼び、そして彼らに向かって、「恐れるな、おびえるな」と励ましの言葉をかけている(8節)。

「そして今、わたしの僕ヤコブよ/わたしの選んだイスラエルよ、聞け。あなたを造り、母の胎内に形づくり/あなたを助ける主は、こう言われる。恐れるな、わたしの僕ヤコブよ。わたしの選んだエシュルンよ。わたしは乾いている地に水を注ぎ/乾いた土地に流れを与える。あなたの子孫にわたしの霊を注ぎ/あなたの末にわたしの祝福を与える。彼らは草の生い茂る中に芽生え/水のほとりの柳のように育つ」(1~4節)。

 主なる神に顔を向け、主なる神の御声を聞く時、私達は自分が何者であるかを知り、自分がどんなに深く強く愛されている者であるかを知って、深い励ましと大きな力を受けることだろう。御言葉と祈りは、そういう主なる神との出会いをもたらす恵みの手段である。

 9節からは、人間が造る「偶像」の愚かさと空しさが、皮肉を込めて率直に記されている。真の信仰は、目に見える形や形式ではなく、目には見えないが確かに人に語りかけ、人と共に歩まれる生ける神との出会いであり、交わりである。

 ところが、イスラエルは約束の地で豊かになると、主なる神との出会いの喜びを忘れ、主なる神との交わりから離れ去っていった。そこから、彼らの堕落と滅びが始まった。イザヤが預言者として遣わされたのは、そのような時代であった。

 しかし、そのような彼らに対し、主なる神はなおこのように呼びかけられた。

「思い起こせ、ヤコブよ/イスラエルよ、あなたはわたしの僕。わたしはあなたを形づくり、わたしの僕とした。イスラエルよ、わたしを忘れてはならない。わたしはあなたの背きを雲のように/罪を霧のように吹き払った。わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った」(21~22節)。

 私達が、主なる神との出会いの喜びを見失い、主なる神との交わりから離れてしまう時、今も主なる神は呼びかけておられる。「わたしを忘れてはならない。…わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った」と。そのような主なる神の御声が、この世界に、そして私達の心にも響いているのではないか。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119

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