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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 ペトロの手紙二1章

聖書日課 ペトロの手紙二1章(新共同訳 新約pp.436-437)

 信仰は、単に何らかの教えや知識を得ることではなく、「神とわたしたちの主イエスを知ること」にその本質がある(2節)。主なる神とイエス・キリストを知るとは、主なる神とイエス・キリストとの交わりの中に入ることであり、それは信仰を通して人格的な触れ合いの中に生きることである

 だから、信仰は、バプテスマを受けたらそれで終わりというものではない。主なる神とイエス・キリストを知った私達は、主なる神とイエス・キリストとの交わりをより一層深め、確かなものとするために、聖書を学ぶことが大切である。そこでペトロはこう勧めている。

「だから兄弟たち、召されていること、選ばれていることを確かなものとするように、いっそう努めなさい。これらのことを実践すれば、決して罪に陥りません」(10節)。

 私達はこのことに関して反省すべき点があるのではないか。私はこれまで25年ほど教会生活を送ってきた。その間、ずっと気になっていたのは、教会が行事中心・活動中心で進み、信徒は毎週諸集会の準備・奉仕や、長時間に及ぶ会議に駆り出され、忙しく立ち回り、聖書を直に学ぶ機会が殆どないということである。そのため、信仰に導かれてから何十年も経っているのに、聖書をよく知らない、殆ど読んでいないというキリスト者が沢山いる。主なる神とイエス・キリストの御心は、聖書に書かれている。だから、聖書に何が書いてあるか、主が私達に何を求めておられるかを重視しなくなれば、私達の信仰生活も必然的に内側から枯渇してしまう。主なる神とイエス・キリストとの交わりが深まることもなく、喜びも感謝もなく、この世の力に振り回されてしまう。

「あぁ、耳が痛い!」という方もおられるかも知れない。しかし、これは個人的な問題に留まらず、教会全体の問題である。私達の信仰は、御言葉無しに養われ成長することはない。逆に言えば、私達は誰でも、聖霊によって御言葉から強い信仰を得る可能性がある。だから、牧会者は何よりもまず、御言葉の糧をバランス良く、熱心に提供する使命を主なる神から受けていることを忘れてはならない。

 ペトロの手紙二は、偽教師の出現によって教会が脅かされつつあることを懸念して書かれたと言われている。前著のペトロの手紙一は、外的な迫害に備えるために書かれたが、この時教会は、偽りの教えによって内部的にも大きな危機の中にあった。そのためペトロは、主にある兄弟姉妹に、偽教師の教えに振り回されず、イエス・キリストの真理に固く立って成長し、いよいよ敬虔に生活するよう勧めた。

「だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。これらのものが備わり、ますます豊かになるならば、あなたがたは怠惰で実を結ばない者とはならず、わたしたちの主イエス・キリストを知るようになるでしょう」(5~8節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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