ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 コリントの信徒への手紙二4章

聖書日課 コリントの信徒への手紙二4章(新共同訳 新約pp.329-330)

 昔の素焼きの器には所々欠けがあり、水を入れてもそこから洩れ出すことがあった。

 私達も、主なる神の目から見れば、様々な欠陥や弱さを持っている。私達の体は弱く、外から攻撃を受けたら、一溜まりもない。また、病気や怪我で思うように行動出来ない不自由さを、誰もが経験する。そして、私達の心も、揺れ動き、浮き沈みの激しい弱いものである。

 しかし、主なる神は、そのような「土の器」である私達に、主なる神の栄光の「宝」を与えて下さった。イエス・キリストが私達の内に住んで下さっている

「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために」(7節)。

 主なる神は、いつか「塵に返る」「土の器」に(創世記3章19節)、尊い「宝」「納めて」下さった。それは、「土の器」には出来ないことを、主なる神が「土の器」を通して行われるためである。

 パウロは、福音を伝える度に多くの苦難に直面した。しかし、その度に「イエスの命」が彼の「体」において「現れ」た(10節)。彼は「四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされ」なかった(9節)。また、「イエスのために死にさらされ」る度に(11節)、福音を聞いた人々の「内には命が働い」た(12節)。彼は、この「並外れて偉大な力が神のもの」であり、「わたしたちから出たものでない」という結論に到った(8節)。

 キリスト者は主なる神の栄光を入れた「土の器」である。私達は弱く脆い存在であるが、主なる神の栄光は、しばしば、私達の欠けた部分から輝き出て、周りの人々を照らす。私達の内におられるイエス・キリストこそが測り知れない力の源である。弱さを感じる時、私達の内に住まわれるイエス・キリストに目を向けよう。イエス・キリストが私達を通して働いて下さる。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
メールアドレス

f:id:Biblicism:20210602142922p:plain

https://nschrist1972.hatenablog.com/
〈地図〉

www.google.com