ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

祈り コリントの信徒への手紙一12章

祈り コリントの信徒への手紙一12章(新共同訳 新約pp.315-317)

 愛する天のお父様、今日も御言葉をいただき、ありがとうございます。このようにして、教会がキリストの体であること、教会生活において聖霊の働きが必要であることを確認出来、心より感謝申し上げます。
 天のお父様、私達がイエス・キリストを主と信じ、イエス・キリストのものとされた時、同時に聖霊によって「一つの体となるために」(13節)バプテスマを受けました。だから、私達は教会を他人事のように話すことは出来ません。キリストの体の一部としていただき、ありがとうございます。
 天のお父様、使徒パウロは、礼拝の秩序について語る中で、それに続けて、聖霊の賜物を秩序をもって用いていくことを、私達に教えてくれました。聖霊は私達が「全体の益となる」(7節)ことを為すために働いて下さいます。主よ、私達が聖霊を求めることによって、御子イエス・キリストの御心を、御力をもっと知ることが出来ますよう助けて下さい。また、私達をイエス・キリストと同じように「柔和で謙遜な者」、またイエス・キリストからの「負いやす」い軛を担う者として下さい(マタイによる福音書11章29~30節)。私達にはこれが足りません。私達を聖霊に満たして下さい。そして私達をイエス・キリストのご栄光が現れる教会として下さい。
 天のお父様、「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ」(26節)というパウロが示してくれた教会の姿を忘れず、主にある兄弟姉妹と互いに祈り合い、労り合っていくことが出来ますように。
 特に、長く教会に来られなくなっている方のことを覚えて祈ります。病のため、人生の様々な苦しみのため、礼拝への招きに応えることが出来なくなっている方がいます。その中には、祈ることも、聖書を読むことも出来なくなっている方がいるかも知れません。
 しかし、御子イエス・キリストは、その方を欠くことの出来ないご自分の「体の一部」(15~16節)として大切にし、愛しておられます。どうかその方に御子の血潮を注いで下さい。御子の血潮が流れ込んでくる時、私達を再び立ち上がることが出来ます。キリストの「体の一部」であることの喜びの中に生きることが出来ます。
 私自身、礼拝に行くことも、祈ることも、聖書を読むこともやめてしまった時期がありました。しかし、そのような私のために祈り続けてくれていた人がいました。御子イエス・キリストは、私をご自分の体の一部として、御手の中にしっかりと握りしめて下さっていました。そして、私を再び喜びと命の中に生かすために、命を溢れるように注いで下さいました。
 今、痛みと苦しみの中にあるお一人お一人が、あなたに出会い、御子イエス・キリストの命の中に立ち上がる時が来ることを信じています。どうかそのお一人お一人を支え、導いて下さい。私も、その方を覚えて、祈ることが出来ますように。そして、その方と、あなたの御前に感謝の讃美、喜びの讃美を共に献げる日が訪れますように。
 感謝して、尊いイエス・キリストの御名によって祈りをお献げ致します。アーメン。