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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 エゼキエル書41章

聖書日課 エゼキエル書41章(新共同訳 旧約pp.1364-1366)

 前章に続いて、エゼキエルが見た新しい神殿の幻について記されている。その記述は非常に詳細かつ克明である。それはソロモン王が建てた神殿とほぼ同等の立派な神殿である。

「彼はわたしを拝殿に連れて行った。まず、脇柱を測ると、こちら側の幅は六アンマ、あちら側の幅も六アンマであった。これが脇柱の幅である。入り口の幅は十アンマ、入り口の両側の壁の幅はこちら側が五アンマ、あちら側も五アンマであった。拝殿の奥行きを測ると四十アンマ、その横幅は二十アンマであった」(1~2節)。

 ここから、主なる神の示しは漠然としたものではなく、とてもはっきりしたものであることが分かる。人間の脳は、実際に見たかのように具体的でリアルなイメージを浮かべると、それを現実と実感してしまうと言われているが、主なる神が下さる幻は、必ず現実となって現れてくる。明確なヴィジョンを持つことの大切さを教えられる。

 また、主の神殿は、主なる神が下さる幻に従って造られるべきものであった。それは人間の思いつきや想像力から生まれるようなものではない。主の御計画に基づいて建てられるべきものであった。

 にもかかわらず、私達は自分の思いや考えによって神殿を建てるようなことがある。主なる神に聞き従うよりも、自分の方法や力によって事をなそうとしてしまう。けれども、それは決して上手くいくことはない。

 アブラハムとサラがそうだった。彼らは主なる神が子供を与えて下さるという約束を待ち切れず、勝手に側女によって子供を作ってしまった。それはアブラハム一家に、深い確執と争いをもたらす原因になってしまった。

 また、イスラエルの初代の王となったサウルは、ペリシテ人との戦いのためにいけにえを献げようとした。しかし、祭司サムエルの到着が遅れたため、自分で献げ物をささげてしまった。これもまた、自分のやり方で事を進めようとする傲慢と不従順の罪だった。後にサムエルは言った。

「見よ、聞き従うことはいけにえにまさり/耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる」(サムエル記上15章22節)。

 あなたは主の幻をはっきりと見ているだろうか。そして、その幻のままに、その幻に従って生きているだろうか。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119

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