ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ダニエル書9章

聖書日課 ダニエル書9章(新共同訳 旧約pp.1395-1397)

「ダレイオスの治世第一年」(1節)は、神の民にとっては大きな歴史の転換点となった年であった。この年、長年イスラエルを支配していたバビロン帝国の最後の王ベルシャツァルが殺された。彼らは、これから自分達はどうなっていくのだろうと戦々恐々とした日々を過ごしていた。

 そのような中でダニエルは文書を読んでいた(2節)。「主が預言者エレミヤに告げられたように」(2節)とあるので、それは聖書または聖書の教えに関する書物だったようである。世界が大きく変化し、全てが不安定な時代にあっても、主の御言葉に目を向け、これに深く拠り頼む者は、決して歴史の波に振り回されることはない。ダニエルの信仰と人生の秘訣は、まさにそこにあったと言って間違いない。

 文書を読んでダニエルが悟ったのは、エルサレムの荒廃の時が終わるまでには70年という年数があることだった(2節)。そして、「ダレイオスの治世第一年」は、まさにその70年が目の前に近づきつつある年だった。そこでダニエルがなしたことは祈りであった。しかも、その祈りは、イスラエルの先祖や同胞が犯してきた罪を自分の罪として告白する、悔い改めと嘆願の執り成しの祈りだった。

「わたしたちは罪を犯し悪行を重ね、背き逆らって、あなたの戒めと裁きから離れ去りました。……主よ、聞いてください。主よ、お赦しください。主よ、耳を傾けて、お計らいください。わたしの神よ、御自身のために、救いを遅らせないでください。あなたの都、あなたの民は、御名をもって呼ばれているのですから」(5節、19節)

 執り成しの祈りとは、他の人のことを主なる神に祈るのではなく、他の人のことを自分のこととして祈ることである。そして、主の御業が行われるところには必ず、主なる神の御心を知った人の熱烈な執り成しの祈りがある。主なる神は、主なる神の約束を固く信じる人々の熱心な祈りと共に働いて、御業を行われる。