ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ヨエル書3章

聖書日課 ヨエル書3章(新共同訳 旧約p.1425)

 3章では、預言者ヨエルの目は遥かに時代を超えて終末へと向けられている。終末における「主の日」は、実に「大いなる恐るべき日」であり、「太陽は闇に、月は血に変わる」と言われている(4節)。その日には、全ての罪が裁かれ、全ての悪が滅ぼし尽くされる。

 しかし、聖書が終末について語るのは、決して悲劇や絶望を語るためではない。

「しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。主が言われたように/シオンの山、エルサレムには逃れ場があり/主が呼ばれる残りの者はそこにいる」(5節)

 主の日は、罪ある者にとっては恐ろしい滅びの日であるが、主の御名を呼ぶ者、即ち主なる神に信頼を置き、主に聞き従って生きる人々にとっては、救いの日、回復の時となる。その人々は「残りの者」と呼ばれる。

 そして、主なる神は、主の御名を呼ぶ者全てに聖霊を注がれる(1~2節)。その時、彼らは、夢と希望の幻に満たされ、主の御言葉を語る者とされる(1節)。大いなる恐るべき日が訪れようとしている暗闇と混乱の時代にあっても、彼らの希望は決して失われることはない。何故なら、それは主の御言葉によるものだからである。

 使徒ペトロは、ペンテコステの日に、120人ほどの弟子達の上に聖霊が注がれたのを見て、ヨエル書の預言が成就したと宣言した(使徒言行録2章16~21節)。その時以来、聖霊は、主イエス・キリストを救い主と信じる者の上に注がれ続けている。そして、聖霊によって与えられる夢と幻に満たされた人々を通して福音が世界中に宣べ伝えられ、数え切れないほど多くの人々に救いと癒しと希望を与え続けてきた。

 主の御名を呼ぶ者にとって、主の日は、救いの日であり希望の日である。私達もまた、聖霊に満たされ、希望と救いをもたらす主の御言葉を世界中に宣べ伝える者でありたい。