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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 詩編84編

聖書日課 詩編84編(新共同訳 旧約pp.921-922)

 第84編は、都を目指しての巡礼歌の一つと言われる詩である。都には、主なる神が住まう神殿がある。その神殿を、いや、そこに住まう主なる神を「慕って」「神にまみえる」喜びを歌った美しい詩である。

「万軍の主よ、あなたのいますところは/どれほど愛されていることでしょう。主の庭を慕って、わたしの魂は絶え入りそうです。命の神に向かって、わたしの身も心も叫びます。あなたの祭壇に、鳥は住みかを作り/つばめは巣をかけて、雛を置いています。万軍の主、わたしの王、わたしの神よ。いかに幸いなことでしょう/あなたの家に住むことができるなら/まして、あなたを賛美することができるなら。[セラ いかに幸いなことでしょう/あなたによって勇気を出し/心に広い道を見ている人は。嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。彼らはいよいよ力を増して進み/ついに、シオンで神にまみえるでしょう」(2~8節)。

 聖書の教える信仰の本質は、教理を守ったり、儀式を行ったり、主なる神に対して何らかの義務を果たすことにあるのではない。勿論、それらは信仰者に相応しいことである。しかし、信仰の本質は、「魂」「絶え入りそう」なほどに主なる神を愛し、「身も心も叫び」出すほどに主なる神を慕い求めることにある。

 主なる神の家に住まい、主なる神と共に生きること、それが信仰者にとっての幸福であり、信仰者の人生である。そこから生きる「勇気」が生まれる。たとえ「嘆きの谷を通るときも」、主が共にいて下されば、そこは命の「泉」の湧く所となって、「雨が降り」、主の「祝福で覆」われる。

 その意味で、主なる神を賛美し、主なる神と交わる礼拝は、本来義務というよりも喜びであり、しなくてはならないものというよりも、寧ろ献げたくてしようのないものである。そのような礼拝の喜びをもって日々を過ごしていきたいものである。

「あなたの庭で過ごす一日は千日にまさる恵みです。主に逆らう者の天幕で長らえるよりは/わたしの神の家の門口に立っているのを選びます」(11節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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