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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 詩編42編

聖書日課 詩編42編(新共同訳 旧約pp.875-876)

「涸れた谷」を一頭の「鹿が水を求め」てさまよい歩いている…、この詩の作者は、主なる神を慕い求める信仰者の姿をこのように喩えた。

「涸れた谷に鹿が水を求めるように/神よ、わたしの魂はあなたを求める。神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て/神の御顔を仰ぐことができるのか」(2~3節)。

 人でもなく、モノでもなく、お金でもない。主なる神と共にあり、「神の御顔を仰」ぎ見ることを一心に慕い求める。ここに礼拝者の真実なあり方が表されている。

 私達は、何を〈慕い求めて〉生きているだろうか。経済だろうか? 自由だろうか? 人だろうか? 或いは健康だろうか? 勿論、これらは皆、必要であり大切なものである。しかし、それは本当に私達の心を潤し、満たし、私達に幸福をもたらしてくれるものだろうか。

 お金があり、自由もあり、健康でもあり、家族や友人にも囲まれている。しかし、心は空しさと不安で一杯で、生きる喜びも力もなかなか得ることが出来ない、というのが現代の多くの人の現実なのではないか。

 主なる神によって造られた私達人間には、愛と恵みの命の源である主なる神と繋がっていることが必要である。主なる神を愛し、主なる神を信頼し、主なる神によって魂が満たされることがどうしても必要である。そこにこそ、真の喜びと平安があるからである。

「昼も夜も、わたしの糧は涙ばかり。人は絶え間なく言う/『お前の神はどこにいる』と。わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす/喜び歌い感謝をささげる声の中を/祭りに集う人の群れと共に進み/神の家に入り、ひれ伏したことを。なぜうなだれるのか、わたしの魂よ/なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう/『御顔こそ、わたしの救い』と」(4~6節)。

 今、あなたの「神はどこに」おられるだろうか。「私の神は、今、私と共に、私の内に住んでおられる!」という信頼と確信の中に生き続けたい。

祈り
 愛する天のお父様、あなたの尊い御名を心から賛美致します。今日も大きな憐れみの中、御前に引き出して下さったことを心から感謝致します。

 主よ、私もかつてあなたから離れ、礼拝から遠ざかっていたことがありました。その時の魂の渇きと絶望は、私の存在の下に開いた大きな穴のようなものでした。しかし、あなたは、私がそこに落ち込むことを許さず、御手の中に握り、私をもう一度礼拝の中に引き戻して下さいました。

 そして、溢れる御霊を注ぎ、私を満たし、癒し、満たして下さいました。今、礼拝の中に生きることが出来るようにして下さったのは、主よ、あなたです。

 主よ、礼拝に参加したいと思いながらも、それが叶わない方がおられます。お一人お一人を支えて下さい。昼には恵みを注ぎ、夜には賛美を与え、この時を共に歩んで下さいますようお願い致します。そして、あなたの時を来らせ、お一人お一人が礼拝の中に戻り、あなたの民と共に存在の全てであなたを賛美し、祈り、あなたの言葉を聞くことが出来ますよう、あなたにすっかり満たされますよう、導いて下さい。

 感謝して、尊いイエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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