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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 歴代誌上10章

聖書日課 歴代誌上10章(新共同訳 旧約pp.641-642)

 歴代誌には、8章まで礼拝の民の歴史という観点から、アダムに始まりイスラエルの12部族で終わる系図が記されている。続く9章では、バビロン捕囚を生き残り、新生イスラエルを再建するために約束の地に帰還した人々のリストが記されている。

 そして、10章からは、ダビデ王による王国の確立と神殿建設のための準備の詳細が記されている。しかし、歴代誌は、ダビデ王の話に入る前にイスラエルの初代の王サウルについて1章を割いている。

 9章の最後にサウルの系図が記されているので、その続きとも言える。しかし、それ以上に、サウル王の罪と失敗を記すことで、ダビデの、そして神の民イスラエルの基盤がどこにあるのかを、反面教師的に教えていると考えることが出来る。

「サウルは、主に背いた罪のため、主の言葉を守らず、かえって口寄せに伺いを立てたために死んだ。彼は主に尋ねようとしなかったために、主は彼を殺し、王位をエッサイの子ダビデに渡された」(13~14節)。

 サウル王の罪は、第一に、「主の言葉を守ら」なかったことである。サウル王は、王としての分を守らず、祭司がささげるべき献げ物を自分でささげるという罪を犯した(サムエル記上13章9節)。また、聖絶すべき戦利品を惜しんで取っておいたために、サムエルによって厳しく批判された(同15章9節)。

 第二の罪は、「口寄せに伺いを立てた」ことである。「主の言葉」に聞き従わないだけでなく、主なる神以外の霊的な力に頼る罪、それは偶像礼拝以外の何者でもない。頼ること自体がいけないのではない。私達は誰でも何かに頼って生きている。何に、或いは誰に頼るかが重要である。主にのみ頼り、主の御心に従って生きるところに祝福はある。

 サウルの第三の罪は、「主に尋ねようとしなかった」ことである。これは第一と第二の罪の前提となる罪と言えるかも知れない。主に尋ねようとしないからこそ「主の言葉を守」ろうとせず、ひいては主なる神以外の何者かに頼ってしまう。

 日々、主の御前に心を静め、主の御心を求めて祈り、また聖書の御言葉をいただくことが大切である。神の民の信仰と礼拝の基盤はそこにある。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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