聖書日課 士師記17章(新共同訳 旧約pp.411-412)
17章から士師記の結論部分に入る。主なる神が何人もの士師たちを遣わしてイスラエルを救ったにもかかわらず、彼らは結局、最後まで偶像礼拝から離れることはなかった。そして、多くの異教の民族が、未だに勢力を保ったままイスラエルの中に残されていた。
人々は戦う意欲を失っていた。主なる神への信仰を失っていたのである。そればかりか、異教の神々を取り入れることさえしていた。確かに、形式的には主なる神を拝んでいた。しかし、それは、律法の教えとは全く懸け離れたものだった。
そのような時代の特徴を表す一文が記されている。
「そのころイスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に正しいとすることを行っていた」(6節)。
これは士師記の結論部分の中に何度も出てくる特徴的な一文である。この言葉通り、この時代は、それぞれが好き勝手に生きていた時代だった。社会全体が、倫理も、道徳も、宗教も、全てが自己中心に動いていた。
ここに登場する「ミカという男」も、自分の母親から「銀千百シェケル」を盗むような人間だった。おまけに、その金を返してもらった母親は、息子を叱るどころか「祝福」する始末だった。そしてその銀で偶像を造ったのである!
「エフライムの山地に名をミカという男がいて、母に言った。『銀千百シェケルが奪われたとき、あなたは呪い、そのことをわたしにも話してくれました。その銀はわたしが持っています。実はわたしが奪ったのです。』母は言った。『わたしの息子に主の祝福がありますように。』彼が母に銀千百シェケルを返すと、母は言った。『息子のために彫像と鋳像を造っていただこうとして、この銀はこの手で聖別し、主におささげしたものです。今これをあなたに返します。』彼が銀を母に返すと、母は銀二百シェケルを取って銀細工師に渡し、彫像と鋳像を造らせた。ミカの家にあったのはそれである」(1~4節)。
更に、「このミカという男」は自分の家に「神殿をもっており」、祭司が着用する「エフォドとテラフィムを造って」、自分の「息子の一人」を勝手に「自分の祭司にしていた」。確かに形はあるけれども、中身は全く異質な信仰となっていたのである。
「このミカという男は神殿をもっており、エフォドとテラフィムを造って、息子の一人の手を満たして自分の祭司にしていた」(5節)。
ここには、主なる神から全く離れた人間の社会があった。とはいえ、時代も文化も全然違う筈なのに、現代の私達ととても似ているように思われるのは私だけだろうか。個人としても、社会としても、教会としても、決して見過ごしてはならない教訓が、ここに示されている。
西原新生バプテスト教会
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