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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 レビ記19章

聖書日課 レビ記19章(新共同訳 旧約pp.191-193)

 19章には〈聖なる者となれ〉という見出しが付いている。私達が「聖なる者」として生きることを、主なる神は願い、求めておられる。それは、主なる神ご自身が「聖なる者」だからである。

「主はモーセに仰せになった。イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である」(1~2節)。

 愛は、相手に似た者であることを願い求める。だから、「聖なる者となりなさい」という主なる神の呼びかけを聞く時、私は、主なる神が罪人の私達をどんなに深く愛しておられることだろうかと思う。主なる神は、私達と同じ者であることをこんなにも強く願っておられるのだから。

 では、どのようにしてイスラエルの民は「聖なる者」となることが出来るのか? 実は、主なる神はそのために必要なものを全て用意して下さった。

 まず、主なる神は、イスラエルの民が「聖なる者」となるために、彼らの只中に臨在し、彼らと交わりを持たれた。幕屋とそこで行われる祭儀は、そのために与えられた。

 また、主なる神は、イスラエルの民が「聖なる者」として生きるために、「掟」「法」を与え、彼らはそれを「すべて」「守り」「行」うことによって清さを保ち、主なる神との交わりの中に留まることが出来るようにして下さった(37節)。

 それでも人は罪と汚れに陥るかも知れない。そこで、たとえ人が罪に陥ったとしても、罪を赦す道を備え、交わりを回復することが出来るように、「贖いの儀式」(22節)を備えて下さった。

 このように見てみると、主なる神の備えは、まさに〈至れり尽くせり〉である。主なる神の備えは、天地創造の時から、実に〈至れり尽くせり〉である。勿論、今でもそうである。主なる神は、昨日も今日もいつまでも変わることはないのだから。

 主なる神は、私達の人生に対しても、〈至れり尽くせり〉の備えをして下さっている。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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