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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 出エジプト記38章

聖書日課 出エジプト記38章(新共同訳 旧約pp.156-157)

 38章には、「祭壇」(1~8節)、幕屋を囲む庭の作成(9~20節)、そして幕屋の建設材料の記録(21~31節)などが記されている。その中に、青銅で造られた洗盤と台について、次のような記述がある。

「彼はアカシヤ材で焼き尽くす献げ物の祭壇を造り、縦五アンマ、横五アンマの正方形、高さは三アンマとした。その祭壇の四隅にそれぞれ角を作って、祭壇から生えているようにし、全体を青銅で覆った。また、祭壇で使われるすべての祭具、壺、十能、鉢、肉刺し、火皿などの祭具はみな青銅で作った。格子は祭壇の半ばの高さにある、張り出した棚の下の部分に付け、青銅の網目作りとした。四つの環を鋳造し、青銅の格子の四隅に付け、棒を通す所とした。彼はアカシヤ材で棒を作り、それを青銅で覆い、棒を祭壇の両側の環に差し入れて祭壇を担ぐために用いた。祭壇は板で造り、中を空洞にした。更に、青銅の洗盤と台を作ったが、それは臨在の幕屋の入り口で務めをする婦人たちの青銅の鏡で作った」(1~8節)。

 洗盤は、祭司が幕屋で奉仕をする時に手足と体を清めるためのものである。そのように主なる神が宿る幕屋の聖性の象徴でもある青銅の洗盤が、「幕屋の入り口で務めをする婦人たちの青銅の鏡」によって作られたというのである。

 即ち、彼女達は、行動をもって自分を主に献げると共に、自分の「青銅の鏡」をも主に献げた。当時鏡は、宗教的行事に使用されていたと言われている。もしそうだとすれば、彼女達は、自分が二度と偶像礼拝に陥ることがないように、道を断ったと考えることも出来る。つまり、たとえ偶像礼拝に使われたものであっても、主に献げることで、清められて主の御用に立つものとされたのである。

 私達自身は、決して完全でも清い者でもない。しかし、自分自身を主に献げる時、主は私達を受け入れ、清め、主なる神の御用に立つ者として用いて下さる。それ故、パウロは、全てのキリスト者に次のように勧めた。

「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」(ローマの信徒への手紙12章1節)。

 礼拝とは、自分自身を献げることであり、私達が、清められて主なる神に喜ばれ、主なる神の御用に用いられる者となることである。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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