ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 ヨハネの手紙一1章

聖書日課 ヨハネの手紙一1章(新共同訳 新約p.441)

 ヨハネの手紙一は、使徒ヨハネが晩年を過ごしたエフェソとその周辺の教会に対して書き送られたと考えられている。当時、諸教会には、ギリシア思想から派生した偽りの教えが、強い影響を及ぼしていた。

 特に、この流れから派生したキリスト仮現論は、イエス・キリストの肉体を仮の現象に過ぎないとして、イエス・キリスト受肉を否定する教えを説いていた。ヨハネはこうした偽りの教えに惑わされないように警告すると共に、真のキリスト者の信仰と生活について確認させるために、この手紙を書き送った。

 キリスト信仰において、深く思索するのは大切なことである。しかし信仰は、思索して分かったから信じるというものではない。御言葉や出来事を通してイエス・キリストと出会った体験によって始まるものである。その意味で、体験から生まれる感動や畏怖の念、喜びが伴うところに、キリスト信仰の特徴がある

 その一方で、時間の経過と共に、感動や喜びが薄れてきて、いつの間にか信仰が形式的になったり、知識に偏ったものになってしまうことがある。この手紙が書かれた当時も、教会が誕生して数十年の年月が流れ、初期の頃の深い感動や力が失われつつあったと言われている。

 それ故、使徒ヨハネは、手紙の序文で、イエス・キリストが知識や思索の産物ではなく、現実の歴史の中に存在された方であることを確認している。

「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。──この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。──わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです」(1~4節)。

 その上で、ヨハネは、この御方について証しし伝えるのは、人々が「わたしたちとの交わりを持つようになるため」であり、その交わりとは、「御父と御子イエス・キリストとの交わり」であると教えている。信仰とは、単に頭の中の思索や知識ではなく、イエス・キリスト及びキリスト者との交わりに入ることである。そのような交わりの中に生きる時、「わたしたちの喜びが満ちあふれるようになる」ヨハネは語る。こういう喜び、こういう感動を、大切に守り続けたい。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
メールアドレス

f:id:Biblicism:20210602142922p:plain

https://nschrist1972.hatenablog.com/
〈地図〉

www.google.com