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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 ペトロの手紙一4章

聖書日課 ペトロの手紙一4章(新共同訳 新約pp.432-434)

 ペトロの手紙一は、苦難の中にあるキリスト者に向けて書かれた励ましの手紙である。3章まででも様々な観点から励ましが語られてきたが、4章では、また別の観点から、苦難を力強く生き抜くための奨励がなされている。

「キリストは肉に苦しみをお受けになったのですから、あなたがたも同じ心構えで武装しなさい。肉に苦しみを受けた者は、罪とのかかわりを絶った者なのです。それは、もはや人間の欲望にではなく神の御心に従って、肉における残りの生涯を生きるようになるためです」(1~2節)。

 ペトロはまず「キリストは肉に苦しみをお受けになったのですから」と述べ、地上におけるイエス・キリストの苦難に人々の目を向けさせた。私達は、苦しみの只中にある時、自分が受けている苦しみで、頭も心も一杯になってしまう。そのような時、イエス・キリストも苦しみを受けられたことを思うのは、キリスト者にとって深い慰めとなり、励ましになる。何故なら、その苦しみの故に、「キリストは、天に上って神の右におられ」るからである(3章22節)。

 それ故、ペトロは、苦しみの中にあって、「人間の欲望にではなく神の御心に従って、肉における残りの生涯を生きる」という「心構え」を新たにするよう勧めた。イエス・キリストを信じる者の苦しみは、決して孤独な苦しみではないことを忘れてはならない。

 次にペトロはこう記している。

「万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい」(7節)。

 キリスト者の最終的な目標は、イエス・キリストの再臨にある。このことを忘れると、私達は、目の前の苦しみで一杯になって、不信仰に陥ったり、不平不満を言い出すようになる。キリスト者は、その生活において「万物の終わりが迫ってい」るという緊張感を失ってはならない。勿論、この緊張感は、恐怖感や焦燥感ではない。イエス・キリストが必ず再び来られ、全ての罪と悪を裁き滅ぼし、愛と義によって治められる新しい天と地が実現するという希望に満ちた期待感、それがキリスト者の常に持つべき緊張感である。

 キリスト者の苦しみは決して孤独な戦いではない。そこには同じ苦しみを受けられたイエス・キリストが共におられる。また、キリスト者の苦しみは、決して絶望に終わるものではないイエス・キリストは既に罪と死に勝利されており、その御方が再び来られて、罪と悪を裁き、義と愛による新しい世界を完成されるからである。だからこそペトロは、試練の中にある人々にこう語りかけた。

愛する人たち、あなたがたを試みるために身にふりかかる火のような試練を、何か思いがけないことが生じたかのように、驚き怪しんではなりません。むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びに満ちあふれるためです」(12~13節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
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