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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 テモテへの手紙二1章

聖書日課 テモテへの手紙二1章(新共同訳 新約pp.391-392)

 パウロは、本章の中で「命」という言葉を2度使っている(1節、10節)。それは、パウロが死を覚悟していたことの現れではないかと思われる。この時、パウロは再び捕われの身となっていた(8節、16節)。また、教会に対する迫害が激しくなり、多くの信者が捕えられ、殺された。そして、多くの人々がパウロから離れ去っていった(15節)。

 そのような状況の下、テモテも不安と恐れの中にあった。そのため、彼を我が子のように愛するパウロは、牢獄の中からこの手紙をしたためた。

「キリスト・イエスによって与えられる命の約束を宣べ伝えるために、神の御心によってキリスト・イエス使徒とされたパウロから、愛する子テモテへ。父である神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵み、憐れみ、そして平和があるように」(1~2節)。

 牢獄の中にいる者、しかも自分の命を奪われる危険がある者が、牢獄の外にいる者のことを心配し、思いやり、励まし力づけるために手紙を書いたのである。

「そういうわけで、わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。だから、わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください」(6~8節)。

 何故パウロには、そのような力があったのだろうか。彼はこう書いている。

「この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです」(11~12節)。

「その方」とは、イエス・キリストであり、「キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださ」った(10節)。このイエス・キリストを信頼するパウロにとっては、牢獄も殉教も、最早恐れるに足りないことであったに違いない。だからこそパウロは、イエス・キリストに対して同じ信仰の確信に立つように、テモテに勧めた

「キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい」(13~14節)。

 私達は、日々何を手本とし、何を守ろうとしているだろうか。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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