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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 コロサイの信徒への手紙3章

聖書日課 コロサイの信徒への手紙3章(新共同訳 新約pp.371-372)

 コロサイの教会の聖徒達は、偽りの教えによって毒されてしまっていた。彼らは、「キリストにおいて満たされている」ことを忘れ(2章10節)、「世を支配する諸霊」(2章20節)などを受け入れたため、キリスト者としての自己認識に歪みが生じていた。その結果、彼らは「地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲」(5節)に心を惹かれるようになっていた。そのような彼らに、パウロは、キリスト者が明確に持つべき自覚について語りかけた。

「さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう」(1~4節)。

「あなたがたは死んだ」とは、古い自分、罪人の自分、自己中心の自分が死んだということである。この死の意識が明確でないために、コロサイの教会の聖徒達は地上的のものに心を惹かれるようになってしまった。更にパウロは、彼らに次のように説いている。

「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい」(12節)。

 ここでもパウロ「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから」と、彼らがキリスト者として持つべきアイデンティティを記している。そのような認識をはっきり持つ時、私達は「憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着け」ることが出来、またパウロの以下の勧めにも従って生きることが出来る。

「互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです」(13~15節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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