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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 コリントの信徒への手紙二9章

聖書日課 コリントの信徒への手紙二9章(新共同訳 新約pp.335-336)

 コリント教会の聖徒達は、他の地域の教会に先駆けて、自発的にエルサレム教会への献金を始めていた。しかし、或る問題が発生したために、献金活動がストップしたままになっていた。そのため、パウロは、多くの聖徒達の期待を裏切ることがないよう、また彼らが恥をかくことがないよう(4節)、「約束した贈り物」「用意」することを勧めた(5節)。

 とはいえ、問題が発生したことと、献金がストップしていることには、どのような関連性があるのだろうか。例えば、「忙しくて聖書が読めません。なかなか祈れません」と言われる方がいる。確かに、やむを得ない事情もある。しかし、聖書を読み、祈る時間を確保している人は、暇だから、それが出来ているのかと言えば、そのようなことはない。要は、優先順位の問題である。つまり、何を大事にしているかによって、私達は行動を決定している。実際、私達は、本当にやりたいことには時間を使っている。

 コリント教会には、色々な問題があった。しかし、実のところ、問題のために献金が出来ないのではなく、彼らが何を大切にして生きているかという、価値観と優先順位が原因となってストップしていたのである。

「つまり、こういうことです。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」(6~7節)。

 パウロは、「喜んで与える人を神は愛してくださるからです」と述べている。「沢山与える人」とは言わず、「喜んで与える人」と書いている。「不承不承」とか、「強制されて」ではなく、「喜んで」献げる人を主なる神は喜び、「愛してくださる」。また、献金は、徳行ではなく応答である。このような罪人を赦し、愛し、救って下さった主なる神の大きな恵みに対する感謝の応答である。

 原因は彼らの心にあった。主なる神の恵みによって救われ、愛され、生かされているという喜びと感謝と平安から目と心を離してしまったことに、真の原因があった。それ故、パウロは、彼らにこう語りかけた。

「神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります」(8節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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