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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 コリントの信徒への手紙二2章

聖書日課 コリントの信徒への手紙二2章(新共同訳 新約pp.326-327)

 本章で、パウロは、罪を悔い改めた教会員にどのように対処すべきかを教えている。

 以前、パウロは、義母と同棲するという「みだらな行い」をしているコリント教会の信徒について、「こんなことをする者を自分たちの間から除外すべきではなかったのですか」(コリントの信徒への手紙一5章2節)と、厳しく対処すべきであると指導した。本書で取り上げられている人が、その罪を犯した人であるかどうかは分からない。いずれにせよ、教会の交わりに悪影響を及ぼす罪に対し、パウロは、厳格に対処すべきであると教えた

 しかし、それは罪に陥った人を滅ぼすためではない。寧ろ、その人を悔い改めに導き、主なる神に立ち帰らせるためである。だから、その人が悔い改めたなら、教会は直ちにその人を赦し、再び交わりを回復させるべきであると、パウロは教えた。

「その人には、多数の者から受けたあの罰で十分です。むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです」(6~7節)。

 とはいえ、回復するために処罰するというのは、理屈では分かっていても、実際には簡単ではない。というのは、その人の犯した罪によって実害を被った場合、回復のためではなく、怒りのために罰を与えてしまうことがあるからである。では、実害がなければ良いかと言えば、これもまたそうではない。実害がない場合、罪を知りながら、見て見ぬ振りをしてしまうことがあるからである。それは、決して優しさや赦しの心によるものではない。本気でその人のことを思っていないからではないか。

 いずれにせよ、回復のための処罰には、罪を悲しむ心と、その人をどこまでも愛する心が必要である。だから、パウロは、「そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください」(8節)と勧めた。

 更に、パウロは、そのようにすべきである理由をもう一つ述べている。

「わたしたちがそうするのは、サタンにつけ込まれないためです。サタンのやり口は心得ているからです」(11節)。

 赦しと愛の心がなければ、正しい処罰も、却って滅びと分裂を引き起こす結果に終わってしまう危険性がある。それこそ、サタンの思う壺である。私達は、サタンのやり口を心得ていなければならない。悪魔に付け入る隙を与えないため、私達の心がいつも主の赦しと愛によって満たされていることを祈り求めよう。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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