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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 コリントの信徒への手紙一14章

聖書日課 コリントの信徒への手紙一14章(新共同訳 新約pp.317-319)

 パウロは、「愛を追い求めなさい」と述べた後、「霊的な賜物、特に預言するための賜物を熱心に求めなさい」と語っている(1節)。預言とは、未来のことを予知するという意味ではなく、主なる神の〈言〉葉を〈預〉かり、それを語ることである。このような預言の働きは、通常は聖書の御言葉のメッセージとして与えられ、また個別的に聖霊の働きによって与えられることもある。

 本章でパウロは、私達が何故預言することを熱心に求めるべきかを説明している。特に、「異言を語る」ことと比べながら、預言の賜物について説明している。異言は「神に向かって語って」いるので(2節)、主なる神との交わりを深めることが出来る。一方、預言は「人に向かって語っている」。それは「人を造り上げ、励まし、慰め」(3節)、「教会を造り上げる」(4節)。

 12章から続く聖霊の賜物に関する教えの中で、パウロは教会全体の働きに注目している。私達は「キリストの体であり、また、一人一人はその部分」(12章27節)である。だから、私達は、主なる神との個人的な関係の中でイエス・キリストを見上げるだけではなく、聖徒の交わりの中でイエス・キリストを見上げなければならないし、また見上げることが出来る

 その上で、「預言する者」に特に求められるのは〈謙遜〉である。パウロは、「自分は預言する者であるとか、霊の人であると思っている者」に対し、自分が手紙で「書いてきたこと」「主の命令」として受け入れるよう強調する(37節)。「霊の人」であればあるほど、主なる神の御言葉に謙遜に耳を傾ける。聖書の御言葉から離れたものは預言ではない。私達はいつも聖書の御言葉に立ち帰って、語られる言葉を吟味する必要がある

 また、「霊の人」は、自分の思いを満たすためではなく、「適切に、秩序正しく」(40節)自分の賜物を用いる。他の人に認められたいとか、自分の言葉によって人を動かしたいという思いがあると、高慢になったり、人を支配しようとすることになりかねない。主なる神の御言葉によって他の人を生かし、他の人に仕える。そのことに徹する時、教会は喜びと秩序のある共同体として成長することが出来、教会の中に主なる神の御心が実現していく

「わたしの兄弟たち、こういうわけですから、預言することを熱心に求めなさい。そして、異言を語ることを禁じてはなりません。しかし、すべてを適切に、秩序正しく行いなさい」(39~40節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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