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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ローマの信徒への手紙11章

聖書日課 ローマの信徒への手紙11章(新共同訳 新約pp.289-291)

 本章は、イスラエルと福音の関わりについての結論である。ここでパウロは次のように語っている。

「兄弟たち、自分を賢い者とうぬぼれないように、次のような秘められた計画をぜひ知ってもらいたい。すなわち、一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人全体が救いに達するまでであり、こうして全イスラエルが救われるということです」(25~26節)。

「全イスラエルが救われる」パウロは言う。確かに彼らは、「不信仰のために折り取られ」た(20節)。しかしパウロはこう述べている。

「では、尋ねよう。神は御自分の民を退けられたのであろうか。決してそうではない」(1節)。

 預言者エリヤが、たった一人でバアルの預言者と戦おうとした時、主が彼に「わたしは、バアルにひざまずかなかった七千人を残しておいた」(4節)と告げたように、「現に今も、恵みによって選ばれた者が残っています」(5節)とパウロは言う。そればかりではない。パウロは次のようにも言っている。

「では、尋ねよう。ユダヤ人がつまずいたとは、倒れてしまったということなのか。決してそうではない。かえって、彼らの罪によって異邦人に救いがもたらされる結果になりましたが、それは、彼らにねたみを起こさせるためだったのです」(11節)。

 パウロ「異邦人のための使徒としての「自分の務めを光栄に思」っていた(13節)。それは、異邦人を救うためだけではなく、それによって「自分の同胞」であるユダヤ人に「ねたみを起こさせ」「その幾人かでも救いたい」と願っていたからである(14節)。そして、パウロは言う。

「彼らの罪が世の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのであれば、まして彼らが皆救いにあずかるとすれば、どんなにかすばらしいことでしょう」(12節)。

「福音について言えば、イスラエル人は、あなたがたのために神に敵対していますが、神の選びについて言えば、先祖たちのお陰で神に愛されています。神の賜物と招きとは取り消されないものなのです」(28~29節)。

 主なる神は、イスラエルの罪を異邦人の救いという善に変え、それによって「ねたみを起こ」したイスラエルを再び救われる。これこそまさに主なる神の「秘められた計画」(25節)であり、計り知れない主なる神の知恵である。

「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう」(33節)。

「すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン」(36節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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