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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ローマの信徒への手紙7章

聖書日課 ローマの信徒への手紙7章(新共同訳 新約pp.282-283)

「信仰によって義とされる」と言うと、時々「そんな安易なことでいいのか」と非難する人がいる。しかし、パウロは、決して罪を安易に捉えていたわけではない。それどころか、パウロは罪の現実を極めて深刻に捉えていた。

「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(24節)とパウロは言った。つまり、パウロにおいては、人間の自力による救いは有り得ないことだった。それほどに、人間の罪とその影響は深刻であり、人間以外の何ものかに拠り頼む以外に、救いの可能性は全く存在しない

「わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります」(18~23節)。

 このように、パウロにとって、罪とは人間の内に生きて働く力であり、人間を虜にしている強烈な法則である。人間は、決してこの〈罪の法則〉に打ち勝つことは出来ない。ただ独り罪のない方であるイエス・キリストだけが、〈罪の法則〉を打ち破られた。それは、罪のないイエス・キリストが、罪ある私達の身代わりに死ぬことによってである

 イエス・キリストは、罪と死に勝利して3日目に復活された。そして、このイエス・キリストを信じる信仰によって、イエス・キリストと共に「律法に対して死んだ者となり」(8節)、「神に対して実を結ぶようになる」(4節)。そこに私達にとって唯一の罪からの解放と救いがある。

〈信仰による義〉を世界中に伝えるために、パウロは生涯をかけ、命をかけた。それは、「自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをする」(15節)人間の罪の現実と向き合った使徒パウロの唯一の希望であり、確信だったからである。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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