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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ローマの信徒への手紙4章

聖書日課 ローマの信徒への手紙4章(新共同訳 新約pp.278-279)

「聖書には何と書いてありますか。『アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた』とあります」(3節)。

 4章では、ローマの信徒への手紙の中心テーマである〈信仰による義〉の代表として、アブラハムの模範が記されている。

 アブラハムは、ユダヤ人が、〈民族の祖〉〈信仰の父〉として尊敬する人物である。このアブラハムから、神の民であるイスラエルが始まった。主なる神は、アブラハムを選び、彼を「祝福の源」として全ての人々に祝福をもたらすという契約を与え(創世記12章2~3節)、その「契約のしるし」として、割礼を受けさせた(創世記17章9~11節)。

 ユダヤ人は、この割礼を誇りとしていた。自分達は割礼を受けた主なる神の選民であり、主なる神によって義とされた民であると確信していた。ところが、パウロは、ここできっぱりとこう言っている。

「では、この幸いは、割礼を受けた者だけに与えられるのですか。それとも、割礼のない者にも及びますか。わたしたちは言います。『アブラハムの信仰が義と認められた』のです。どのようにしてそう認められたのでしょうか。割礼を受けてからですか。それとも、割礼を受ける前ですか。割礼を受けてからではなく、割礼を受ける前のことです。アブラハムは、割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして、割礼の印を受けたのです」(9~11節)。

 アブラハムが義と認められたのは、割礼を受けたことによってではなく、主なる神の約束を信じたことによってである。つまり、〈信仰による義〉は、割礼や律法が与えられる前から、アブラハムによって示されていた。その意味でアブラハムは、割礼の有無に関わりなく信じて義と認められる者の父である。

 アブラハムは、「死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神」(17節)を信じた。そして、既に百歳になっていたが、「不信仰によって神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美し」た(20節)。アブラハムは、「神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していた」のである(21節)。

 この信仰によって、アブラハムは百歳になって息子イサクを与えられた。「神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だ」と信じる信仰によって。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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