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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ローマの信徒への手紙1章

聖書日課 ローマの信徒への手紙1章(新共同訳 新約pp.273-274)

 今日からローマの信徒への手紙を読んでいく。使徒パウロの手紙は、当時の手紙の形式に従って挨拶から書き始められているが、そこには信仰者或いは伝道者としてのパウロの自己認識や意識が表されており、大変興味深いものがある。

 パウロは、開口一番、自分を「キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから」(1節)と紹介している。「僕」とは奴隷のことである。奴隷にとって主人の命令は絶対であり、主人は生殺与奪の権を握っている存在である。つまり、パウロは、自分はイエス・キリストに、生活も、人生も、命さえも委ねている者であると述べているのである。

 イエス・キリストを信じるとは、イエス・キリストに全幅の信頼を寄せ、全てを委ねて、聴き従うことを意味している。つまり、「キリスト・イエスの僕」となることを決心することである。このことを抜きにして、真の信仰はない。私達は、ややもすると、自分を主人とし、イエス・キリストを僕としてしまうようなことがある。それ故、私達は、救いが徹底的に主なる神の恵みの御業によるものであることを覚え、主なる神の御前にひれ伏し、謙ることを忘れてはならない。「恵みにより、信仰によって救われ」(エフェソの信徒への手紙2章8節)るとは、こういうことを意味している。

 実は、使徒となった」パウロが、人々に宣べ伝えようとしていたのも、まさにこのことであった。

「わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました」(5節)。

「信仰による従順へと導くために」パウロは言っている。それは、まさしく「キリスト・イエスの僕」となって生きることに他ならない。パウロは自らがそうであったように、他の人にも、「キリスト・イエスの僕」となって生きる祝福と喜びを、生涯をかけ、命をかけて宣べ伝えた。何故なら、パウロはこう確信していたからである。

「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです」(16節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
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