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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 使徒言行録14章

聖書日課 使徒言行録14章(新共同訳 新約pp.241-242)

 福音が語られるところでは、必ず2つの反応が起こる。福音を信じて受け入れる人と、拒否する人である。

 イコニオンという町でも、パウロバルナバが福音を語ると、「大勢のユダヤ人やギリシア人が信仰に入った」(1節)。ところが、「信じようとしないユダヤ人たち」が、「異邦人を扇動し」、弟子達に対して「悪意を抱かせた」(2節)。しかし、そのような反対運動の起こる中で、パウロバルナバ「二人はそこに長くとどまり、主を頼みとして勇敢に語」り続けた(3節)。

 どうして彼らはそこに留まったのだろうか。何故彼らは語り続けたのだろうか。勿論、そこには彼らの忍耐と辛抱強さがあっただろう。しかし、福音宣教は人間の忍耐や辛抱だけでは成し遂げることも継続することも出来ない。3節に「主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである」と記されているように、宣教の働きは主なる神御自身によってなされるものだからである。そこに主なる神の臨在と御業があるからこそ、人間の言葉や働きが用いられて福音は広められていく。それは決して人間の知恵や雄弁によるものではない。

 ところが、その後ますます福音が伝えられると、「町の人々は分裂し、ある者はユダヤ人の側に、ある者は使徒の側に」(4節)つくようになった。そして、「異邦人とユダヤ人が、指導者と一緒になって二人に乱暴を働き、石を投げつけようとした」(5節)。遂に迫害が起こり、パウロバルナバの命に危険が及んだのである。

 では、その時2人は一体どうしたか。

「二人はこれに気づいて、リカオニア州の町であるリストラとデルベ、またその近くの地方に難を避けた。そして、そこでも福音を告げ知らせていた」(6~7節)。

 留まるにしても、逃げるにしても、いつでもどこでも福音が伝えられること、そこにキリスト者の願いと祈りがある。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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