聖書日課 使徒言行録5章(新共同訳 新約pp.221-223)
アナニアとその妻サフィラの事件は、教会全体とそれを聞いた人々に大きな衝撃と恐れを与えた。
その頃、信者となった人々の中の或る人は、「土地や家」を「売って」、「代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配され」ていた(4章34~35節)。しかし、アナニアとサフィラは、土地の代金の一部を全部であるかのようにごまかして献げた(1~2節)。すると、忽ちアナニアもサフィラも、その場に倒れて息絶えてしまった(5節、10節)。
勿論、全部献げなかったことがいけなかったのではない。ペトロも言っているように、土地は「売らないでお」くことも出来た。また、「売っても、その代金は自分の思いどおりになった」(4節)。献げ物は、本来自発的なものであり、強制されてするものではないからである。だから、「これは代金の一部です」と言って献げれば、何の問題もなかったことだろう。
しかし、彼らは偽った。あたかも全てを献げたかのようにごまかすことで、「聖霊を欺」き(3節)、「神を欺いた」のである(4節)。それは、「隣人に関して偽証してはならない」(出エジプト記20章16節)という十戒の第9戒に逆らう罪であり、主なる神よりも献げる自分に注目を集めようとする見栄と高ぶりの罪であった。
当時、教会は聖霊に満たされていた。権力者からの迫害にもかかわらず、弟子達は、聖霊による大胆さと真実さと確信に満ち溢れて、信仰に生き、福音を宣べ伝えていた。また、当時教会は、「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた」(4章32節)と記されているほどに、清らかで真実な愛に満ち溢れていた。更に、「使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われ」(12節)、「民衆は彼らを称賛していた」(13節)。
アナニアとサフィラは、そのような教会の中に偽りと傲慢という罪をもたらした。それ故、熱く燃え盛る鉄に注がれた水のように、弾き飛ばされてしまったに違いない。見栄や傲慢ではなく、主なる神と人の前に正直と謙遜をもって真実に生きることの重みを教えられる事件である。
西原新生バプテスト教会
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