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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ヨハネによる福音書15章

聖書日課 ヨハネによる福音書15章(新共同訳 新約pp.198-199)

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(5節)。

 野菜やその他の実のなる植物を育てた経験のある人であれば、それがどんなに手間のかかる作業であるかをよく知っていることだろう。米も野菜も果物も、農家の人々が、日々手間隙かけて愛情をもって育ててくれるおかげで、私達は毎日美味しく食べることが出来る。

 同じように、父なる神は、私達一人一人を惜しみない愛をもって守り育てて下さる農夫であるとイエス・キリストは言われた(1節)。それは、私達が「豊かに実を結ぶ」(2節、5節)人生を生きるようになるためである。主なる神は私達が豊かに実を結ぶことを喜び願っておられる

 そのために必要なことは何だろうか。それは私達が「まことのぶどうの木」(1節)であるイエス・キリストに繋がっていることである。では、私達はどのようにしてイエス・キリストに繋がっていることが出来るのだろうか。

 それは第一に、イエス・キリストの言葉を心に蓄えることによってである。「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」(7節)とイエス・キリストは言われた。パウロ「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」(ローマの信徒への手紙10章17節)と言っている。

 第二に、私達は、イエス・キリストの愛に留まることによって繋がっていることが出来る。イエス・キリストは言われた。「わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる」(9~10節)。

「わたしの掟」とは何だろうか。「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(12~13節)。つまり、イエス・キリストの愛に留まるとは、私達が互いに愛し合う交わりを築いていくことである。

「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである」(11節)とイエス・キリストは言われた。このような愛と喜びに満ちて生きること、それが豊かに実を結ぶ人生である。

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」(16~17節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
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