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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ルカによる福音書22章

聖書日課 ルカによる福音書22章(新共同訳 新約pp.153-156)

 22章は、過越の食事、ゲツセマネでの祈り、イエス・キリストの逮捕、最高法院での裁判と続く。そしてこの章は、十字架直前の緊張感と、どんよりとした重苦しい雰囲気の漂う章でもある。

 祭司長や律法学者は、イエス・キリストを殺すにはどうしたらよいかと考えていた(2節)。そのような時、サタンが十二弟子の一人イスカリオテのユダの中に入った(3節)。ユダは、イエス・キリストを祭司長に引き渡す相談を持ちかけ(4節)、「群衆がいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた」(6節)。

 そして、まさにその夜、彼らにとっての「良い機会」が訪れた。

 オリーブ山で夜を徹して祈っておられたイエス・キリストのもとに、ユダが群衆を引き連れてやって来た(47節)。イエス・キリストは逮捕され、その夜のうちに裁判にかけられ、翌朝には十字架にかけられてしまった。それはまさに「闇が力を振るっている」時であった(53節)。

 しかし、それはあくまでも目に見えるところの評価であることを、私達は忘れてはならない。確かに目に見えるところは、闇が力を振るい、神の子が悪魔に殺されようとしていた。しかし、これらのことは全て主なる神の御心と御計画の下に置かれていたイエス・キリストはそれをご存知であった。そして、父なる神の御心がなるようにと祈り、それを受けとめながら、ご自分の使命から逃げることなく敢然と立ち向かって行った

 私達の人生にも、「闇が力を振るっている」としか思えないような出来事が起こる。しかし、その時、私達ははっきり覚えていよう。たとえ何が起こっても、主は私達と共におられるということを。そして、主は、イエス・キリストを愛し信頼する者と共におられ、必ず御心に従って栄光の御業を行って下さるということを。

「わたしは言う。『闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。』闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を放ち/闇も、光も、変わるところがない」(詩編139編11~12節)。

西原新生バプテスト教会
主日礼拝 毎週日曜日10:30~12:00

〒903-0121 沖縄県中頭郡西原町字内間27-2
電話・FAX 098-946-0119
https://nschrist1972.hatenablog.com/
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