ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 ルカによる福音書10章

聖書日課 ルカによる福音書10章(新共同訳 新約pp.125-127)

 エルサレムの南東約3kmの所に、ベタニアという小さな村があった。そこには、ラザロという兄弟、マルタとマリアという二人の姉妹が住む家があった。イエス・キリストは、時折その家を訪れて休息をとられた。

 或る日、イエス・キリストがいつものようにこの家を訪問されると(38節)、姉のマルタはイエス・キリストへのもてなしのために、色々と気忙しく動き回っていた(40節)。ところが、妹のマリアは、イエス・キリストの足もとに座って、その話に聞き入るばかりで、全く手伝おうとしなかった(39節)。

 するとマルタは、全然手伝ってくれない妹マリアに次第に苛立ちを募らせ、遂にイエス・キリストに向かってこう言ってしまった。

「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(40節)。

 私達も同じようなことがないだろうか。折角イエス・キリストが私達と共におられるのに、仕事や趣味で頭が一杯になって、つい苛々してしまっているようなことが。そして、自分の周りにいる人を裁き、「どうして神様は助けてくれないのだ!」と主なる神にまで文句を言ってしまっていることが。

 この時、イエス・キリストはマルタに言われた。

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」(41~42節)。

 真に必要なのは、イエス・キリストの御前に座り、その御声に静かに、じっと聞き入ること、この一つだけであるとイエス・キリストは言われた。

 私達も、2番目でも3番目でも良いもので頭が一杯になり、苛々したり、裁いたり、文句を言ったりしてはいないだろうか。必要なことはただ一つ、イエス・キリストの足もとに座って、御声に聞き入ることである。心の平安はそこから湧き上がる。人生の中心軸はそこにある。