ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ルカによる福音書7章

聖書日課 ルカによる福音書7章(新共同訳 新約pp.114-117)

「さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。この町に一人の罪深い女がいた。イエスファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った」(36~38節)。

 食事の席でこのようなことが起こったら、誰でも仰天するのではないか。しかも、この女性は町で評判の「罪深い女」だというのである。周りの人々は皆、眉をひそめたに違いない。

 ところが、不思議なことに、イエス・キリストはこの女性のなすがままにさせておられた。そのため、イエス・キリストを招待したファリサイ派のシモンは心の中で思った。「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」(39節)。

 すると、イエス・キリストは、シモンの心中の思いを見抜いて次のような話をされた。

「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか」(41~42節)。

 シモンが「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えると、イエス・キリストは「そのとおりだ」と言われた(43節)。そして、この女性の方を振り向いて、シモンに言われた。

「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」(44~47節)。

 この女性は、自分が抱えていた深い罪を赦し清めて下さったイエス・キリストに、出来る限りの仕方で愛と感謝を表した。そして、イエス・キリストはこの「罪深い女」の行為を黙って受けられた。しかし、ファリサイ派のシモンには、それが全く分からなかっさた。それは、彼の中に、そのような思いが全くなかったからである。何故なら、彼は、自分は正しい、自分には赦されるべき罪などないと思って生きていたからである。

 この時イエス・キリストは、この女性に、「あなたの罪は赦された」(48節)と宣言された。そして、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(50節)と言われた。

 この女性は私達自身でもあり、その行為は私達のあるべき姿を示していると言えるのではないか。